2 緊急の依頼
「半井様。お疲れ様です。緊急で申し訳ないのですが、半井様に請け負っていただきたい仕事が一つ入りました。本社までお越し下さい」
タイトルに緊急とついていたから何事かと思ったけど、どうやら相当急いでいるらしい。どうせ予定もなかったから別にいいんだけど珍しいな。
俺は人材派遣会社に登録をして仕事をしている。ただしこの人材派遣会社はちょっと変わってるというか、普通の派遣会社と違う特徴がある。それはいわゆる「エンジニアが欲しい」「総務の仕事ができる人が欲しい」など専門職で働ける人が欲しいというものではない。「こういう設定の人が欲しい」というものだ。
社内調査をしたいから中途採用で入ってきたのを装って半年だけ働いて欲しい、そのため客観的に判断できる冷静な人間を頼む。結婚式に友人として五、六人見繕って欲しい、お葬式に参列してほしい、恋人役をしてほしい、本当に様々だけど。要するに「特定の相手を騙すためにこういう人になりすましてほしい」というニーズに応えることが多い。そういうことができるには当然優秀な人間が揃うわけで、専門職をいくつも身に付けているとんでもなく凄い人たちも働いている。
俺は別にいたって普通なんだけど、長年演技をしていたことがあって普通の設定の人であれば演じることができる。
今回はなんだろう、急ぎということは締め切りが設けられているということで。期日があるのは結婚式とか見合いとかそんな感じなんだろうけど。
会社に着いて仕事の説明を受けようとしたら、本当に珍しいことに社長と面談だった。一派遣社員である俺が社長と話す機会はほとんどない。社長が話を持ってくるならかなり重要な案件ってことかな。
「久しぶり。早速なんだけど仕事の話な」
社長のヒナミさん。火男、とかいてヒナミ。ネタにできるんだったらひょっとこさんって呼ぶんだけど、まあまあイケてる見た目のおっさんなので恐れおおくてその呼び方はできない。
「少し特殊な要望でね。失踪した自分の息子に完璧に化けて欲しいそうだ」
「……。ツッコミどころがいくつかあるんですけど」
「俺も同じ内容でツッコミ入れたいから先に説明するぞ」
「はい」
要約するとこういうことだった。演じてほしいのは羽鳥才華、二十二歳男性。父親は単身赴任で十年以上イタリア。今回依頼してきたのは母親で、二人で暮らしていたらしい。そしてなんと息子が行方不明であることを夫に伝えていないのだそうだ。その辺は本人が喋りたがらなかったので深くは突っ込まなかったらしい、仕事に関係ないから。話した感じでも家庭に色々と事情がありそうだということだった。
「火男さんが直接面会したんですか」
本当に珍しい、そういうのは全部秘書と総務がやっているはずだけど。
「最初は秘書が軽く事情聞いたらこんな内容だからな、俺に報告してきた。夫が滞在するのは二日間、その間だけ息子を演じてくれれば良いそうだ。ただ旦那さんが非常に頭のいい人らしくてね、野生の勘が鋭いというか。嘘や隠し事は全てわかってしまうらしい。もうこの際だから隠さなきゃいいだろっていうのはナシで話を進めるぞ」
「今の時点で割と絶望的なんですけど、分りました」
火男さんも馬鹿じゃない、今回の仕事がいかに無茶なのか。それに揉めて裁判になるんじゃないかっていう危険性も全てひっくるめて依頼を受けたのだ、彼なりの考えがあるんだろう。
「緊急なのはこの旦那が突然明日の夜に帰ると連絡してきたそうだ」
「は? 明日の夜って、日本時間とイタリア時間のどっちですか」
「すかさずそこ突っ込めるのはさすがだな。残念ながら日本時間だ」
「要するに全然時間がないってことですよね」
「しかももっと最悪なのはこの息子を演じるにあたって当人の特徴がかなり漠然としてるってことだな。笑っていいぞ、この依頼人は息子の性格や特徴をあまり把握してない」
その言葉に俺は天井をあおいだ。あまりこういうことでリアクションしたことないけど、人間どうしようもなくなると本当に上を見るんだな、とぼんやりと考える。
「母親ばかりを責められないな、お前が来るまでの間に俺もいろんなコネ使って調べたけど。この息子相当曲者だ」
「というと?」
「間違いなく無茶苦茶頭が良いな。殺人鬼って意味じゃないほうのサイコパスだと思ってくれればいい」
それはそれは、またとんでもない人間だ。