15 ”黒猫”
「ちょっと前置きが長くなったが、依頼者が何かこそこそ隠してるなっていうのは俺もわかってた。断ってもよかったんだけどちょっと気になることがあってね」
そう言うとタブレットを見せてくれた。そこに書かれていたのは予想外の内容だ。
「家出手伝い、代行人のサービスですか。世の中いろんなサービス思いつくもんですね」
家を出たい子供、周りの人間関係を切りたい大人。そういった人たちが後腐れなく自分の人生を謳歌するために利用するいわばグレーゾーンの業者だ。会社を辞める時に使う退職代行などがその代表だけど、自分でやりたくないことを金払って誰かにやってもらう。家出をしたら警察沙汰になり捜索願が出されかねない。そういうのをうまく丸め込んで二度と自分に関わらせないようにする業者。縁切り屋、ってとこか。
「要するにこれ、小遣い稼ぎしたいやつが実行してるとしても。元締めはヤクザでしょ」
「まさにその通り。いわゆる闇バイトってやつだな、やってる本人たちは闇バイトという自覚さえない。何か揉め事が起きたら全部自分のせいにされてそのままトカゲの尻尾切りされるなんて夢にも思ってないんだろう。今回これに引っかかってきたと思ったんだ」
そこまで話すと少し考えてから雰囲気が変わった。今までのごく普通の雰囲気からピリピリとした真剣な雰囲気だ、これは俺が初めて彼と会って入社のための演技を見せた時と同じ。
「本来であれば一派遣社員に話すべき内容じゃないんだが、お前はちょっと特殊な立ち位置でね。知っておいてほしい」
「特殊な立ち位置ってところから説明お願いします」
「有栖川と同じだ。友達や恋人のふりをしてほしいとか、社内調査のための産業スパイのようなことをやってくれみたいなそういうのとは違う。特定の誰かに完璧になり得る人物っていうのは今この会社の中で有栖川とお前ともう一人。仕事の中でも限りなく黒に近いグレーの仕事を任せることがたぶん増える」
それ本人の前で言っちゃうのか、と思ったけど。この人の性格を考えれば言うだろうし俺もそういう事は言ってほしいというたちだ。
「そうなるとこういった闇バイトの連中とカチあうことが増えるかもしれない。うちは正式に派遣会社として働いているが、この手の仕事を受ける事は業界じゃ有名だ。俺らは商売敵なんだよ、目の敵にされるし実際嫌がらせみたいなもちょこちょこ増えてきてる。有栖川にも何回かそういうのがあった」
なるほど、だから今回受けたのか。ウチに依頼してきたあの女があくまで騙された側の被害者の立場だったら、こっそり家出調査をしてそういった連中の情報収集もできると踏んだわけだ。
って事は、それなりにやばい連中がいくつか有名になってきてるんだろうな。その世界ではざわつき始めてるのか。
「お前も覚えておけ。超絶面倒くさい野郎どもは今『黒猫』って呼ばれてる。配送業者と同じ名前だから隠語には丁度いいんだろう」
「黒猫、ねえ」
「才華がそいつらとつながりがあるかはわからん。この辺の背景がもう少し早くわかっていれば、アホすぎるから断ってたんだが」
「仕方ないですよ。あの女の依頼内容は息子のふりをしてくれっていうだけですからね。警察には連絡したんですか」
「赤の他人に睡眠薬飲ませるなんてことしたら当然だな。息子にもそういうことをしてたから余罪はある、後は警察の仕事だ」
確かにあの後どうなったかなんて別に興味は無い。火男さんのことだ、謎の横つながり多いし警察関係にも知り合いとかいそうだ。そうじゃなければグレーな仕事をしている状態で自ら警察に通報なんてしないだろう。たぶんこっちに火の粉がかからないように手を回すぐらいはやってるのかもしれない。そうだ、これだけはやっておかないと。
「仕事始める時言ってた、特別ボーナスもらってもいいですか」
「おうよ」
「あの女が俺のストーカーにならないように対策お願いします。たぶん息子を探す事はしないでしょ、本心を叩きつけられたら精神的ダメージやばいですからね。でもあくまで演じているという俺に対しては擦り寄ってくる可能性が高いです。痛い目を見たからしばらくは怯えているでしょうが、時間が経ったら味をしめて再び動き出します、絶対に。離婚も成立するだろうからなおさら、心のよりどころを求めます」
「警告聞くタイプじゃなさそうだからな。さすがにウザいか」
「いえ。今度目の前にきたら動かなくなるまで殴り続けそうで」
普通に言い放った俺に火男さんは笑いながら「へいへい」と言った。ツッコミをしなかったのは、今のが正真正銘俺の本心だとわかったからだと思う。さすがに俺の母親の事は知らないだろうけど、いろいろ思うところがあったっていうのは通じたみたいだ。