14 家庭事情の真相
たぶんこれのことだよなと思いつつ、大きく深呼吸をした。戻れ、「半井宗」に。内気で言われたこと以外はやらない指示に従うマニュアル人間の半井は、これ以上のことをやるはずがない。
「はあ、クビだろうな」
全く気が進まないが、夜中だけど絶対電話に出るだろうと思って火男さんに電話をした。するとワンコールで出て、「ゴタゴタが起きているだろうから一応確認するけど、お前に怪我は無いのか」と言ってきた。この人千里眼でも持ってるんだろうか。
状況をかいつまんで説明すると、とりあえず俺はこの場から離れていいという指示だった。諸々の処理はこちらでやるから一晩自宅待機をして、呼び出されたら会社に来るようにとの事だった。女を一瞥して、家を出る。
待機中に詳細の報告書を仕上げることにした。ずいぶんと動きが早いですねと聞いてみたら、俺の読みどおり会社には匿名で情報が寄せられていたそうだ。間違いなく才華だ。
翌日、朝一指定で本社に来るようにとメールが来たので俺は会社に向かった。心のこもった土下座とか必要だろうかと思っていたが、至って普通の態度の火男さんが出迎えてくれた。
「何から聞きたい?」
「俺はクビですか」
「そこを気にするのがお前らしい。クビなわけないだろ、これからも働いてもらいたい。一応会社の規約違反を犯したってことで何もしないってわけにもいかない。二ヶ月減給、以上だ」
それは本当に意外だった。たとえどんな事情があっても騒ぎを起こしたツケは払うだろうなと思っていたから。仕事のセーブもなしとは。
「無茶振りをしたのは俺だし、ちょっとこっちも色々とわかったことがあってね。それが先に分かっていれば今回はやっぱりお前に任せるべきじゃなかった。そこは俺の判断ミスだ、すまん」
「それじゃあ一応けじめの為にも時系列で聞きましょうか」
「だな。この家の事情はお前の推測通りだ、親子関係はもう話すことがないからそれで良い。旦那が急に帰国する理由は離婚のためだ、単身赴任先ではもう家庭を持ってる」
それはそれは。つまり話し合いじゃなくて決定事項として離婚届だけ提出しに来たのだろう。彼女の性格をよくわかっているから反論できないよう丸め込んで、さっと離婚して騒ぎ立てる前に再び日本を出るつもりだったのだ。
「旦那から見向きもされないから依存先を息子に求めたってことですね。でもその息子からもそっけない態度しかされなくてどうして自分の人生はうまくいかないんだ、なんて悲劇のヒロインぶって見せて。ヒロインって年齢制限設けるべきじゃないですかね。とっくに成人した女が女子って名乗ってるのも寒いんですけど」
「名乗っちゃっいけないっていう法律がないんだから別にいいんじゃないのかそこは。女は何年経ったって自分が少女だと思ってるから、この女は典型的だな。頭ン中たんぽぽの綿毛でも詰まってるんだろ」
俺も結構言う方だけど、火男さんもそこそこ毒を吐くんだよな。だから話しやすいんだけど。
「お前の報告書にもあった、周りの声がうるさくて自分の人生がめちゃくちゃになった、みたいな。こっちの調査ではそうでもないんだよな。二十五歳過ぎて結婚してないことに焦ってたのは本人だし、結婚したらすぐに子供が欲しいと周囲に言っていた。むしろ旦那が子作りに乗り気じゃないから焦ってたみたいだ」
依頼を受けた時点で身辺調査してたのか、それにしたってたった一日でここまで調べてるとは。
「若い母親でいたかったっていうのと、高齢出産は発達障害の子供が生まれやすいっていう世の中の情報鵜呑みにしてたんでしょうどうせ。ちょっとキラキラ女子の人生を参考にしすぎじゃないですか」
「生まれ育った環境がキラキラ女子だから仕方ない。自分の力で資産を築いた金持ちじゃなくて、親の資産で金持ちとして生まれ育った子供はそんなもんだ。頭の中がガキのまま成人しただけだ」
「今回有栖川さんじゃなく俺になった理由は?」
「有栖川は完璧に本人になりきる。演じるんじゃなく、本人そのものだ。といってもあいつは仕事として割り切っているから境界線がちゃんとあるが。有栖川とお前の違いはそこだ。有栖川は本人そのものになる。お前はあくまで“演者”だ」
たしかに。俺は必ず演じている自分とそれを眺める自分みたいな部分がある。自分で自分に突っ込みいれまくってるからな、そうじゃないとかこうだろうとか。今回最後のあたりで才華をやめて「半井崇」もやめて俺自身で対応した、それができると踏んだわけだ。だからあの忠告があったんだな、「無謀な事をするな」。それはつまり、「才華になるな」ってことか。