12 母の本心と、息子の本心
「そんなの俺に分かるわけないでしょ、俺は演じてるんであって彼本人ではない。それは最初に忠告したはずです。でもあなたはそれでもいい、似たような考えだったら似たような答えが得られるかもしれないと言い放った。呆れましたよ。アンタ結局息子の心配じゃなくて自分のことしか考えてないんだなって」
「そ、そんなこと」
「そんなのを日常茶飯事見せつけられていた彼がどれだけ傷ついていたか。この女は自分が良ければそれでいいんだなって思ったら、家を出たいと思うの普通でしょ」
喋りだしたら止まらない。この時点で仕事は失敗している、クビになるかもしれないけど言わないと気がすまなかった。
今の俺は才華なのだろうか、俺なのだろうか。間違いないのは派遣社員として登録をしている「半井宗」の状態でないのは確かだ。こんなにイラついたのは久しぶりだ。俺が自分の母親と一緒に過ごした時以来か。
そうなんだよな、この女本当に俺の母親そっくりで心底イラつく。なんで母親ってこういうのが多いんだろう。そんなに嫌だったら子育てしなきゃいいのに、自分がやらなきゃって思い込んで結局自分の都合を押し付けてきやがる。
捨てるなり預けるなりなんかしろよ。
「この後に及んでまだ才華に向き合おうとしない。あなたの依頼は帰ってくる夫にごく普通に接して下手な探りを入れられない事のはずだ。なのに次から次へと余計なことをして、いい加減にしてくれます? しかも犯罪までして」
鼻で笑って言うとここに来て初めて彼女はガタガタ震えだした。犯罪、という言葉で動揺しているのがわかる。今更だ、息子にそれをやっていた時点で普通に犯罪なんだけどその自覚さえなかった。自分の気持ちを落ち着かせればそれで良かったから。息子だったら何をしてもいいと思っていたから。やっているのは息子と向き合うために必要だと信じて疑わなかったから。
でも今回は血の繋がった息子じゃない、赤の他人だ。それを、本当に今頃になってようやく思い当たったわけだ。
「あ、あ、あの」
「警察にいうに決まってるでしょ」
「待って!」
「当然旦那さんにも」
「待ってよお!」
「才華さんにも伝えておきます」
「は!?」
は? じゃねえよ、バカかこの女。
「まさか本当に気がついてないんですか?」
「え、え、あ?」
「あんたが紹介してくれた、才華の知人。彼が才華でしょう」
本当に気づいていなかったらしく目をまん丸にしている。呆れた、多少服装やメイクもしてたのかもしれないけど。直接会うこともほとんどなかったのかもしれないけど、他人に化けた息子に気づかないとかどんだけ息子のことを見てなかったんだこいつ。
「彼」に初めて会った時から不思議な感覚だった。向こうも俺を見て一目で才華を演じに来た人だと見抜いた。それはお互いがよく似ていたからだ。無色透明でどんなやつなのかわからない、その特徴を話している彼こそがその人物にぴったりなんだけどなと密かに思った時に俺は気がついた
才華って、この人なんじゃないのか? って。
写真を持っている時点で不自然だ、写真を撮られないのようにしていたなら気を許した相手にだって一枚だって撮らせないはずだ。子供の頃から板についていたのなら、他人に写真を撮らせるなんてありえない。あの人が写真を見せてくれたのは俺が演じるのに必要な資料だからだ。
そうやって演じて見せて、こいつに一撃喰らわせてやってくれよ。そう言いたかったんだと思う。
「あんたが睡眠薬を盛っていることも知ってるから、今頃俺の会社に連絡を入れてくれてるはずだ。俺は睡眠薬が効かない方だけど、さすがにそこは彼にはわからないだろうから。人によっては睡眠薬は効きすぎて健康に影響することもある。大事をとって手を回してくれてると思う。というか俺だったらそうする」
淡々と語る俺を、化け物でも見るような目で見てくる。今彼女の目には「才華」しか映っていない。
「普段そんな目で息子を見てたのか? 最悪だな、母親としても人としても」
一方的に俺が喋っているだけだったが、今まで俺が言った事は確かに彼女には響いていたらしく。感情が抑えられなくなったらしい、その表情は恐怖と怒りに染まっていた。
「だってしょうがないでしょ!? 何考えてるのかわからないの、気持ち悪いのよあの子! 他の子はもっと良い子なのに、親子の仲だっていいのに! 子供の頃は遊園地とか一緒に出かけるものだって聞いたのにあの子そういうのに絶対に行きたがらなかった!」
「遊園地には行きたかったでしょうけど一緒に行く人が嫌だったんでしょうが」
「なにそれ!?」
「誰がお前と一緒に出かけたいなんて思うか」
これ以上は言うべきではない。才華は、言ってこなかった。彼を演じているのなら俺も今口を閉ざすべきなんだろうけど。