第2話 彼女が私を意識していても、私は意識なんてしてないから
:Side 柚華
気持ちのいい良く晴れた朝。
私は窓を開け、陽の光を全身に浴びる。
そして。ネグリジェの、腰に結んでいた、フリルのついたリボンをほどく。そう、このリボンをほどく瞬間こそが、至高だと私は思う。リボンをほどく時、爽快感と何ともいえない快感に包まれやしないだろうか。ま、その意見がマイノリティーならマイノリティーでも構わない。
「さて」
私は息を吐くとバスルームに向かう。これが毎日のルーティーン。
朝風呂を終え、制服に着替える。
ルノワール魔法学院は学生の多くを貴族が占める学校だから、当然制服も豪華で品がある。灰色のシャツには鷲の紋章がついており、リボンは宝石のルビーが使用されていて、フリル付き。スカートはゴシックで青、緑、黒のチェック柄。ブレザーもこれまた気品があり、シャツと同じ鷲の紋章がついていて、落ち着いた印象を見せる。
そして付属品として魔女が被っているような魔女帽も貰えるが、入学試験の次にある試験に合格しなければ、手に入らない。
ちなみに私は財閥令嬢。爵位は一応伯爵。
父親が大手企業の社長で母親は天才画家。魔法に関しても優秀だし、お金ならいくらでもあるし、首席で難なく入学出来た。
ただそんなルノワール魔法学院に爵位も持っておらず、令嬢でもない平民が入学してきたと聞き、少し興味が湧いた。そのうち分かるだろう。
今日は試験当日だった。
私の実力だと絶対受かる。多くの歓声と大勢の観客に包まれても、当然緊張はしない。
他人の試験には興味が無いので、自分の番が来るまではぼーっと空を眺めていた。
滞りなく試験が終わり、試験官に「合格!」と言われた時――私は嬉しさからなのか、不意に笑ってしまった。
そして、そんな私の様子を見ていた一人の少女と目が合った。
(……ん?)
彼女の瞳はキラキラしていた。
私から目を逸らさないとずっと見つめてくるので、私は目を逸らし、その場を立ち去った。
もう彼女と関わる事は無いだろう、と思っていたが、すぐに機会は訪れる事になる。
職員室前。
彼女に「よろしくお願いします」と言われた。
何でそんなに噛みまくって、頬を真っ赤にさせているのだろう……?
私は不思議だった。
それに対し、私は「よろしく」とだけ告げた。
冷たいって思われたかな?
キツい言い方だったかな?
元々冷たいと皆に思われてて、今更気にしても仕方ないのに、つい気にしてしまう。何故だかこの子には嫌われたくない、と思ってしまった。
まだお互いの名前も知らない間柄。馴れ合いは嫌いだから、今からでも距離を置く事は出来るけど……。
けど、それは叶わず。
それからというもの、常に視線を感じるようになった。私は人気者だから、歩くだけで周りに人だかりが出来て、多くの視線を感じるのだけど。でも、それとは違って。視線の主は概ね予想はついていた。
私は意を決して彼女に尋ねる。
「あの、さっきから何わたくしの方ばかり見ているのかしら?」
問われた彼女は驚いた表情をして、固まる。
「……」
暫しの沈黙の後。
彼女は顔を赤らめ、指をもじもじさせながら、言い訳をする。
「そ、それはべ、別に意味は無くてっ……! あ、あの、その……私、路ノ瀬いのりといいます。鹿島さんの下の名前は――」
「柚華」
私は淡々と答える。
それと同時に《《鹿島さん》》という苗字が覚えられている事にも驚いた。いのりは私の下の名前を知れて嬉しそうだった。
「じゃあ、ユズって呼んでいい?」
「いいわよ、いのりさん」
「ぶー、私のことはいのりって呼んで!」
「い、いのりさ……、いのり。何だか恥ずかしいわね//」
「何で名前を呼ぶだけなのに、恥ずかしくなるの!」
「いのりだって、さっきは顔を赤くしてたくせに。今だって赤いけど」
「うるさい! あ、改めてこれからも仲良くしてね」
私は頷く。
そしていのりは群衆に紛れて、姿が見えなくなった。
それからは、度々私の教室にいのりが遊びに来るようになった。
何故か彼女は私に毎日会って朝の挨拶しないと1日が始まらない、みたいな事を口にしていた。それがどういう意味だかは分からない。
けど今日はいつもとは違うような予感がしてた。
「何読んでるの?」
いつもは先に「おはよう」と言うはずなのに、今日はいきなり背後から覗き込まれてそう聞かれた。恐らくいのりは私を驚かせたかったのだろう。けど、それくらいじゃ私は驚かない。
不服そうな表情を浮かべるいのり。
だが、私が振り向くといのりの表情はガラリと変わる。
顔が近くて、今の私は上目遣いでいのりを見ている構図だ。こんなのいのりにとっては悶絶級のシチュエーション。ドキドキしないわけがない。いのりの顔は自然と赤くなる。ドッキリさせようとしていた自分を後悔するくらいに。
「……魔導書」
私はそう答えた。
私は別に顔が赤くなったりとかはしていない。
いのりは冷静さを取り戻すと、最後まで魔導書を興味深そうに見つめていた。
そして別れ際いのりは――
「放課後、話があるから渡り廊下まで来て」
と告げる。
約束通り、渡り廊下まで行くと。
いのりは眩しいくらい幸せそうな笑顔で待っていた。私が来るまで黄昏ていたのが分かる。
「それで話とは何かしら?」
「……あ、あのねっ。私と友達になって欲しいの」
そう言う彼女の声は緊張からか、震えているのが分かった。
でもそんな彼女に躊躇わずに私は堂々と述べる。自信が無いいのりと自信がありすぎる私。正反対だけど不思議と釣り合う。そこがまた尊い。
「私と友達になりたいなんて変わっているわね。みんな私に近づきたがらないし。でも別にいいわよ」
「ほ、ほんとっ!? う、嬉しい……」
「それじゃあ、私といのりは今日から友達ね。冷たいって思うかもしれないけど、よろしくね」
「よろしく! っていうか、ユズは冷たくないし、私はユズに近づきたいし! ……ってなに言ってるの、わたしバカ!」
そんなふうに荒々しく、自己完結してるいのりを余所に私は静かに彼女から離れ、無言で帰ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って! 私はもっとユズのことを知りたいの。だから――プロフカード書いてきてくれない? 期限は3日後迄に」
「分かったわ。でも書き方分からないから、教えて頂戴」
コクりといのりは頷く。
夕焼け色に染まる空。上品な可愛い制服に身を包む二人。
その日は一緒に帰らず、渡り廊下でいのりとはさよならした。
逆方向に歩みを進める二人。
頬が朱色に染まった顔をいのりには見せずに。
(いのりが私を意識していても、私は意識なんてしてないから)
私はそう強がるのだった。