エピローグ
「ディアス様」
自室にアルフェが訪ねてきた。
「どうした」
「はい。ただいま大修道院から伝言ツバメが来ました」
アルフェから封蝋された手紙を手渡される。
テーブルの上の蝋燭で封蝋を溶かし、手紙を読む。
「何かありましたか?」
「クラウンが、倒れたそうだ」
予想していた事が遂に起こってしまった。
「すぐに大修道院に向かう。アルフェ、連れて行ってくれ」
「畏まりました。私は先に外で待っています」
ディアスは補佐役に諸々の些事を任せ、アルフェと共に復興されたストルド・ディフェロスを飛び立つ。
もう何度も飛んできたので、お姫様抱っこにも慣れ、昼夜休まずに進む事ができた。
王都上空を通過し、大修道院の広場に着陸すると、メルルが出迎えてくれる。
「ディアス、アルフェ」
いつもの明るさは影を潜め、泣いていたのか目の周りは真っ赤になっている。
「様子はどうだ」
部屋に向かいながらクラウンの調子を尋ねた。
「まだ話せるけれど、もう体は動かなくて、ご飯も食べなくなっちゃった。でも二人に会いたがってたよ」
部屋に入ると、クラウンはベッドで横になっている。肌の色が少し悪いくらいで、命の火が消えかかってるようには見えなかった。
しかし、ディアスに向けられる目の動きの遅さと、か細い声からだいぶ調子は悪そうだった。
「二人とも、来てくれたんですね」
「あんまり喋るな。体力を消耗するぞ」
「いいんです。お二人の話も聞きたかったですから」
そう言いながらクラウンは目を閉じる。微かに胸が動いているので、耳に全神経を集中させているようだ。
「ストルド・ディフェロスはやっと復興が終わったよ……」
魔物の手からストルド・ディフェロスを解放して二年が経過した。
扼殺症は完全に根治され、一度も新規患者は出ていない。
おかげで復興は早く進み、連絡の取れたライノ・ドルノア諸侯連合の援助もあって、ムーケルデンの大釜と対峙する城塞都市はかつての姿を取り戻した。
復興の手は北に伸びていき、王都と大修道院も完全に復興を果たす事が出来た。
しかし二年経っても問題は残っている。
玉座と司教座が不在なのだ。
どちらも資格があるディアスは今はストルド・ディフェロスの領主に落ち着いている。
大修道院はメルルとオルロンが代理、王都は宰相が民達を束ねていた。
「今の状況はこんな感じだ」
「……にならないの」
「ん?
「王か、大司教、どちらかにならないの」
「……そうだな。まだやる事があるんだ」
「そっか。メルルいる」
「うん。いるよ」
クラウンはメルルに何か耳打ちをした。
それから数日後。朝日に看取られるようにクラウンは息を引き取る。その表情はまるで眠っているように健やかだった。
「ディアス」
「オルロン団長。お腹の傷はどうです」
「うむ。お前に癒してもらったお陰で生活に支障はない」
お腹を抑えるオルロンは二年前より覇気がない。
「だが、雨が降ると痛む。儂も歳をとったな」
「まだまだ元気でいてもらわなければ困ります」
「分かっておる。彼女が帰ってくるまで儂がここの留守を預かるのだからな」
大修道院の正門の前には、メルルと共に航海するバルネロがいた。
「行くのか。メアカッパー・ティサオンを探しに」
「うん。渦潮の島にいると思うの」
「もしいなかったらどうするんだ」
「その時はまた手掛かりを探すわ。あとは渦潮の島の詳細を地図に書くのが、今のメルルの目標」
「渦潮の島に行って帰ってくるものはいないと聞くが、絶対帰ってこいよ」
「もちろん。毎日、新しい目標ができているの。渦潮の島でグズグズなんてしてられないわ」
「ディアス。俺様とアガスズィ号がついているんだ。渦潮なんて屁でもねえよ」
「その言葉、覆すなよ」
メルルとバルネロは川にある小舟に乗るために森の中へ進んでいく。
その背中に不安という二文字は見当たらない。
「寂しくなりますね」
ディアスの背後にそっとアルフェが近づく。
「そうだな。あいつの元気な声をしばらく聞けなくなるのは寂しいが永遠じゃない。気長に帰りを待つさ」
「はい。では、私たちは目標を達成する為に戻りましょうか?」
ディアスの目標。それは東のムーケルデンの大釜を完全に塞ぎ魔物を封じ込める事。
「ああ。でないと王か大司教か、将来をゆっくり選ぶ事もできないからな」
ディアスは南に向けて空を飛ぶ。その先に何が待ち受けていようと進むのをやめない。
そう心の中で固く誓うのだった。
––完––




