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第三章 第12話

 ストルド・ディフェロスの市街地に入った途端、乗っていた馬が倒れてしまう。

 軽いとはいえ、三人も乗せて全力疾走したせいで、限界を超えてしまったらしい。

「すまん」

 首を撫で瞼を閉じてから、徒歩で西にある城へ向かおうとすると、城の方角から一頭の馬が走ってくる。

 最初は魔物かと思ったが、そのクリーム色の毛並みは見覚えがあった。

「お前、チェホロスじゃないか」

 チェホロスは領主シェード・グァヌングの愛馬だ。今の今まで戦火を逃れていたらしい。

「城まで乗せてくれるんだな」

 チェホロスは頷くように首を下ろした。

「よし二人とも乗れ。一気に城まで行こう」

  アルフェはウィルト・フライングを使用する。

「私は魔法を使います。ここならもう温存しなくても平気なので」

  チェホロスはディアスとクラウンを乗せ飛行するアルフェに追い縋るほどの速さで城の前まで連れてきてくれた。

 城の跳ね橋は、まるで誘い込まれているように降ろされている。

 その奥は光がなく、何が待ち受けているか分からなかった。

 北の方角ではまだ戦いの音が風に乗って聞こえてくる。足踏みしている場合ではない。

 ディアスは意を決して、闇の中に足を踏み入れた。

 何が襲ってきてもおかしくない雰囲気だったが、終始敵はおらず、邪魔されることなく城主の間に来ることが出来てしまった。

 そこには、床を貫いて根を伸ばす魔物と、こちらに背中を向けて首を垂れる魔物がいた。

 根っこの魔物は上半身が頭部に黒い花が咲いた女性で、恐らく町中の花と繋がっているのであろう下半身の根は、床を破壊して下に伸びている。

 女性型の魔物が奇声を上げると、膝をついていた魔物が立ち上がって振り向く。

 溶けた板金鎧と一体化した騎士のような魔物は、左腕が蛇と一体化しており、瞼を閉じた頭が肩にのっている。

 右手からは光も吸収する漆黒の刃が掌から伸びていた。

 魔物よりもディアスが戦慄したのは魔物の右手から伸びた刃。

  先にクラウンが仕掛ける。

 どんな金属をも簡単に断ち切る乳白色の短剣でも、漆黒の剣身を傷つけることは出来なかった。

  驚いたクラウンが魔物の一撃を短剣で受けて吹き飛ばされる。

 そのまま壁に激突し、頭から血を流して動かなくなってしまった。

 アルフェが左手からファイク・チャージを発動した。

 以前ミセロテ療養院で見せた炎の騎馬隊が女性型の魔物に突撃を敢行する。

 騎士の魔物は炎の前に立ち塞がると、漆黒の剣を振りかぶり騎馬隊を屠ってしまう。

 コイス・ウィップで戦いを挑むが、騎士の魔物が剣を振るうたびに氷の楔は砕け散っていく。

 その度に再生していたが、魔力が尽きたのかアルフェは棒立ちで動かなくなってしまう。

 あの黒い金属は竜殺しの欠片(ディストロフィ)。ムーケルデンに仕える竜を殺せる唯一無二の金属だ。

 その金属で作られた武具は二つ。一つは第修道院に、もう一つの両手剣(ドラゴランテ)はストルド・ディフェロスの領主に代々受け継がれていた。 

 ディストロフィを打ち砕けるのはディストロフィのみと言い伝えられている。

 クラウンは倒れたまま、アルフェは動けない。魔物は二体とも健在で絶望的な戦いになた。

 ドラゴランテが肩を狙って振り下ろされる。

 それを避け、メイスを振り下ろすが、兜に当たった途端、跳ね返されるような衝撃を受けた。

 吹き飛んだメイスは粉々に砕け散っている。

 心臓を狙う突きが迫り、咄嗟に盾で防ぐ。

 次の瞬間には盾ごと心臓を貫かれると思っていたが、盾は見事に守ってくれた。

 騎士の魔物が振るう斬撃の嵐を、ただの金属で作られたはずの丸盾が防いでくる。  

 一撃一撃受け止める度に、白い外装が剥がれていく。

 ディアスからは見えなかったが、そこから覗くのは漆黒の金属だった。

 斬撃の隙を縫って体当たりすると騎士の魔物が怯み、漆黒の剣を凝視していた。

 ディアスは剣身に極々小さな傷がついていることに気づく。盾を調べると剣を受けたところから黒い金属が剥き出しになっているのを見て鳥肌がたった。

 ディストロフィの武具は二つ。一つは大修道院に……。

 この盾は、ディストロフィで作られているのか。

 ディアスは守るではなく攻めた。

 盾の縁で殴りかかり、騎士の魔物の鎧を打つ。

 金属同士がぶつかる甲高い音が城主の間に響き渡る。

 渾身の力を込めた盾の一撃がドラゴランテを真ん中から砕いた。

 折れた黒い剣身が床を滑りアルフェの足元で止まると同時のタイミングで、魔物の兜を強かに殴った。

 騎士の魔物が倒れ、兜が転がり落ちる。

 止めを刺そうと盾を振り上げたところで、顕になった顔を見て固まった直後、頭上の盾が動かなくなった。

 見上げると、騎士の魔物の肩にいた蛇に盾を咥えられている。

 そのまま力任せに投げ飛ばされた。

 正体は蛇ではなく竜であった。

 その竜は髭を根本からなく、大きく開いた口から除く牙は、なぜか八重歯がなくなっていた。

 竜が紫の炎を吐き出す。

 炎は生き物のように天井、壁、床に纏わり付き、石材を溶かすように舐めながらディアスに迫った。

 咄嗟に構えた盾の白い塗装は、炎によって完全に溶け落ち、黒い金属に太陽神の紋章が浮かび上がっていた。

 竜は悍ましいものを見るように目を細めると、折れたドラゴランテと頭によるコンビネーションを仕掛けてくる。

 剣戟を防いでも頭が迫り、牙を受け止めても盾の隙間を狙って剣が迫る。  

 なんとか避けて事なきを得るが、反撃ができず壁に追い込まれてしまった。

 再び盾に噛みついた竜によって動きが封じられてしまう。

 短剣のように鋭く生え揃った牙から身を守っていると、視界の端に見える折れた剣。

 首に当たる死の感覚に震える間も無く、竜が盾から口を離して絶叫を迸らせる。

 いつの間に近づいたのか、クラウンが竜の頭頂部に両手の短剣を根元まで突き刺していた。

 暴れ回る首が城主の間の壁を打ち砕き、口からは涎と共に炎を撒き散らした。

 部屋中は紫の炎に包まれ、天井からは細かな瓦礫が落ちてくる。

 竜の頭をクラウンに任せて、騎士の魔物に盾で殴りかかる。

 ドラゴランテと盾がぶつかり激しい火花が散る。

  ディアスは魔物の剥き出しになった顔を睨みつけるが、魔物は表情筋を動かすことは無かった。

 腕の延長のように盾の縁で殴りつけ、盾ごと全身をぶつけていく。

 それでも騎士の魔物は山のように揺るがず、折れた剣で盾の拳を受け流し、体当たりを真っ向から受け止めて鍔迫り合いとなる。

 歯軋りするような音を響かせながら、押し合い引き合いの攻防を続けていると、横からクラウンが飛んできた。

 二人して吹き飛び、盾も手を離れて床を滑ってどこかへ行ってしまう。

 振り下ろされた漆黒の剣をそばに落ちていたクラウンの短剣で受け止めた。

 額の真上まで来た刃に四苦八苦していると、竜がこちらに向けて大きく口を開くのが見えた。

 喉の奥から炎が出口に殺到してくる。

 肌に感じる高熱から抗おうにも、抗う術が見当たらない。

 その口を塞ぐように、遠くへ飛んだはずの盾が蓋をふる。

 喉から放たれた炎は出口を失い、竜の喉で暴れ回る。

「ディアス様、これを」

 動けるようになったアルフェから託されたのは、折れたドラゴランテの剣身だった。

 抜き身の刃を手に固定するように、しっかりと掴み、暴れる竜の首を切断した。

 騎士の魔物が剣を振りかぶるが、起き上がったクラウンに右腕を刺されて動きが止まる。

 ディアスはがら空きになった胸に狙いをつけて、鋭い突きを繰り出す。

 うつ伏せに倒れた魔物の背中から漆黒の剣が飛び出していた。

 「倒しましたね。ディアス様、クラウン様」

「二人とも無事か」

クラウンは額の血を拭って頷く。

「アルフェは動けるのか」

「はい。魔法は使えませんが走る事は可能です。すぐに脱出した方がよろしいかと」

すでに火は城主の間を覆い、出入り口の扉もいつ焼け落ちるか分からない。

 三人が城主の間を後にしようとすると、奇声が発せられた。

 声の出どころは女性型の魔物。

 今まで何もしてこなかったが、下半身の根を引き抜くように動き、騎士の魔物に覆いかぶさり、奇声を張り上げる。

クラウンが短剣を取り出そうとしたので、手で制する。

 魔物の体はすでに炎に呑まれようとしていたからだ。

 炎に焼かれても続く奇声は、どこか悲しみの海に沈む泣き声のようでもあった。 

 城の城門から外に出た時、初めて城下町の状況を知る。

 家を破壊するほどの大きさの蕾が全て燃えており、市街は激しい炎の風に包み込まれていた。

 火の粉が舞うなか、馬のいななきが聞こえてくる。

 先程城まで乗せてくれたチェホロスだ。

 クラウンとアルフェを後ろに乗せ、ディアスはチェホロスに襲歩を命じ、生けとし生きるもの全てを飲み込む炎の風から脱出した。

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