第三章 第11話
大修道院から一斉に伝言ツバメが飛び立った。
目標は王都リンデ・パラバルゴと大陸南端のライノ・ドルノア諸侯連合。
手紙の内容は扼殺症患者への治療法。医術の心得がある者なら比較的簡単に実践できるだろう。
王都と諸侯連合の返事を待っていると、昼下がりの空からアルフェが広間に着陸した。
「首尾はどうだ」
「はい。オルロン様はご健在で、情報も全て伝えました」
伝えたかった情報は二つ。大修道院の事件の顛末と大司教の正体と最期。
「オルロン団長はなんと言ってた」
「最初は信じられない様子でしたが、次第に自分の中で消化し納得した様子でした」
「そうか……。戦況はどうなってる」
「一進一退といったところです。新種の魔物によって城塞都市は守られており、決定打が出せない状況です」
「アルフェ。すまないがもう一度オルロン団長の元へ向かって援護してやってくれ。俺とクラウンもすぐに駆けつけると伝えてくれ」
「畏まりました。では」
アルフェはウィルト・フライングを発動させ、青空を切り裂く流れ星と化す。
見送った後すぐさま戦支度を始める。
神聖騎士団の鎧を纏い、宝物庫に保管されていた自分の盾と使い慣れた槌を装備する。
厩舎に行くと、クラウンがいつものローブ姿で待っていた。
「行くところは戦場だぞ」
「僕は暗殺者として訓練を受けてきたので、速さが武器のひとつです。だから鎧や盾はいりません」
ストルド・ディフェロスへ向かうのは二人。バルネロは援軍を呼んでくるといって別行動をとっている。
「お前、馬に乗れるのか」
馬上から声をかけると、クラウンは後ろに飛び乗った。
「乗れます」
「いや、そういう意味じゃ……まあいい、しっかりつかまってろよ」
「ディアス、クラウン」
メルルの声にクラウンは背中に隠れるように身を縮こませた。
「出発前に声かけてよ。みんなが教えてくれなかったら挨拶できなかったじゃん」
メルルには大修道院に残って民達を任せる事にした。
彼女の明るさと人望は夏の日差しのように人々を元気づけ勇気を与える。お陰で大修道院で大きな問題は起きていない。
「すまん留守を頼んだ。ほらお前も何か言うことはないのか」
クラウンは顔を隠しながら口を開く。
「はい。えっと、魔物を殺してきます」
「二人とも気をつけてね」
ディアスは頷くと馬に襲歩を命じ、全速力で大修道院を後にした。
頭上で大修道院に向かう伝言ツバメとすれ違った事には気づかずに。
ディアスがリンデ・パラバルゴへ向かう街道を進んでいると、前から金の板金鎧を着込んだ兵士達と遭遇し、お互い歩みを止める。
「そちらは王都の衛兵隊か」
「そうです。失礼ですがあなたはエヴァルネ神聖騎士団の騎士殿とお見受けしましたが」
「私はディアス。大修道院から来た。後ろにいるのは仲間のクラウン」
自分の名前を言うのに躊躇したが、正直に名乗ると、衛兵隊は馬を降り膝をついた。
「我々は貴方の力になるために遣わされたのです」
「力になるとはどう言う事だ?」
「はい。おかげさまで、ディアス殿が送ってくださった扼殺症の治療法により、患者の容態は快復に向かい新規患者も減少しています。そこで宰相からストルド・ディフェロスの救援に向かう貴方を支援するようにと命令を受けました」
「それはありがたい。助力感謝する」
「指示はディアス殿にお任せします」
ディアスは腹に力を込めた。
「これより王都衛兵隊は俺と共にエヴァルネ神聖騎士団の救援に行く。衛兵隊ついてこい!」
ストルド・ディフェロスに到着したのは陽が高く登った頃だった。
城塞都市の前にはエヴァルネ神聖騎士団が陣を張っている。
ディアスはオルロンが使う天幕に通された。
出迎えたオルロンは鎧姿だか、全身から漂う疲労感は隠しきれていない。
「儂の見間違いでなければ、どこか逞しくなったな。一瞬誰か分からなかったぞ」
「一年の間に鍛えられたのでしょう」
「確認だが、パトリアップ様は偽物だったのだな」
「私と一緒に来たクラウンが、死に際に魔物になるところを目にしています」
「そうか……やはり、そうだったか」
「心当たりが?」
「うむ。お前も知っていよう。百七十年前の事故の事を」
「崖下に馬車ごと転落した事故の事ですね」
「その時にパトリアップ様は亡くなっていたのであろう。魔物が変装していることに気付けないとは無念だ」
オルロンの拳はテーブルの上で固く握り締められ震えていた。
「これ以上、魔物どもに好き勝手はさせん」
「はい。その為に俺達はきたんです。王都の衛兵隊も援軍に駆けつけてくれました」
「攻めるなら今だな。長引けばこちらが不利になる。見てくれ」
オルロンと共に天幕を出る。
ストルド・ディフェロスは東にあるムーケルデンの大釜から溢れる魔物を堰き止める為に作られた。
今や魔物の巣窟と化し、開けっぱなしの正門からは黒い蕾が垣間見える。その大きさは家を押し潰すほどだ。
「あの花の魔物は夜になると花開き、花弁から無数の魔物を産み落としている」
「日中も近づけないのですか」
基本的に闇の魔物は夜行性と知られていた。
「突入部隊が夜明けと共に近づいた時、蕾に襲われ食い殺された。だから突破するなら夜しかない。蕾も花開いた時はそれ以外の行動はできないらしいからな」
オルロンの立案した作戦はこうだ。
自身率いるエヴァルネ神聖騎士団と王都近衛隊で正面突破する。
だが闇雲に突進しては消耗して無駄な犠牲を増やすだけ。
オルロン達は囮役だ。城内に突入するのはディアス達の役目。
蕾の根は領主の城から伸びている事が確認されていた。
それを断つことができれば、蕾は死滅しストルド・ディフェロスは解放される。
ディアス達は陽が沈むと共に城門前に集結した。
蕾は花開き花弁から止めどなく魔物を生み出し続ける。
壊れた城門から溢れ出る魔物達。その顎は爪は、馬ごと騎士を引き裂けるだろう。
オルロンは斧槍を掲げる。
「誇り高き戦士達よ! 闇を恐れるな。空が地が闇に包まれていようと、シャイラーオ様は見ている。恥ずかしくない戦いをするのだ!」
神聖騎士団と衛兵隊が得物を掲げ鬨の声を上げた。
オルロンを筆頭に騎馬隊が襲歩で距離を詰める。
その集団の中央にはディアス達がいた。本領発揮するのは城内に入ってからなので、できる限り力を温存する陣形だ。
周りを騎士達に囲まれているので、外の状況は分からないが、聞こえて来る剣戟、悲鳴、咆哮から、かなり近くまで敵がいる事が分かる。
突然前の騎馬隊が左右に開き、壊れた城門が目の前に見えた。
「頼んだぞ。ディアス!」
すれ違いざまにオルロンの声を背中に受け、ディアス達三人は市街地の侵入に成功した。




