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第三章 第9話 

 今日も患者を癒す。

 右手の紋章が一度輝けば、腕を折った者の骨を繋ぎ、病で死の床についた者を起き上がらせることも簡単だった。

 今日もまた患者を癒す。次の患者は首を絞められたようなアザが浮かび上がっている。今流行りの扼殺症だ。

 どんな病もシャイラーオから授かった力には勝てない。

 だから当たり前のように治して老若男女から称賛の言葉を浴び、王も癒した。

 そして次期王、もしくは次期大司教。どちらを選んでも名誉ある人生を送れる。

「何言ってるんだ」

 罵声を浴びせてきたのは、病を癒した患者だった。

「お前は俺達を治してない!」

  患者達の首に、消えたはずのアザが濃くはっきりと浮かび上がる。

  逃げようと後ずさると、背中が何かにぶつかる。

 振り向くと、アーベル王、そして王妃と王女。皆生気を失った肌をしていて、濁った眼差しを向けてくる。

 青紫色の唇と舌が紡ぐのは、聖人に対する恨み言。

 耳を塞ぎ、どれだけ逃げても死者の言葉は防げない。

 両耳を手で覆ったまま、どれだけ大声で叫んでも、死者の恨み言は針金となって、頭の中を掻き回していく。

 肩が外れるほど腕を伸ばし助けを求めるもその声も死者達の声でかき消されてしまう。

 やがて無数の手が体を掴み、生者の住めない世界へ引き摺り込もうとしてきた。

「お前も苦しめ、苦しめ、苦しめ––」


「ディアス!」

  気づくと死者達は消え、代わりにメルルが覗き込んでいた。

「ここは、船か」

「そうだよ。着いてすぐ気絶するように眠ったの覚えてない?」

「いや全く覚えてない……ん?」

  頭を動かすと、布越しに枕とは違う丸みと暖かみを感じる。

「うなされてたから、ずっと呼んでたんだよ。ディアス、ディアスって」

 仰向けの自分を見下ろすメルルから推測し、膝枕されている事に気づいた。

「メルルがついてるから、ゆっくり休んでいいんだよ」

  外見だけ見たら、子供に膝枕された大人。恥ずかしくなるような体勢だが、頭を撫でられると、心臓が鼓動するたびに身体の毒素が抜けていくようだった。

「右手、痛くない?」

  メルルが火傷跡に触れる。縫い針が突き刺さるような痛みを発していた傷も、今は風さえ感じない。

「もう一年も前だ。痛みなんてとっくに消えたさ」

  焼け爛れた手の甲にメルルの右手が添えられる。

「メルルは分かってるよ。ディアスが沢山の人を救ってきた事を。だからディアスのせいで死んじゃったわけじゃない。誰かが力を悪用したんだよ。絶対」

  慰めてくれている事は分かっても、癒してきた王や民達が死んだのは事実。心の重しが完全に消滅する事はなさそうだった。

「ディアス。アルフェが大修道院に囚われてるの。助けるのを手伝って」

「一年前、俺が王都に行っている間何があった」

「扼殺症の患者さん達が苦しみだして、何もできずに、みんな死んじゃった。そのすぐ後にパトリアップ大司教に、弓の大陸に帰りなさいって」


  扼殺症患者の症状の悪化は全員同時だった。何もできず、息をひきとるのを見ていることしかできなかった。

 患者の中には、毎日の看病で出来た知り合いもメルルの目の前で帰らぬ人となる。

  遺体が広間で火葬されている間、自室で茫然自失と時を過ごしていると、パトリアップに呼び出された。

「弓の大陸にお帰りなさい」

 口調は柔らかだが、声音には侵入を防ぐ杭のような刺々しさが含まれている。

  反論する暇も与えられず、両腕を騎士団に捕まれ、東の港に連れて行かれて船に放り込まれてしまう。

 はぐれたアルフェの事も聞けず、荷物同然の扱いだったメルルは一念発起して、剣の大陸に戻る事を決意し、海に飛び込んだ。

 今まで見ていただけだった海水はしょっぱく、波は激しく体を鞭打ち、体力を吸い取られる。

 呼吸するのも辛くなり、残る力を振り絞って伸ばした腕を掴まれ、海面に引き上げてくれたのはバルネロだった。


「アガスズィ号はよくお前を見つけられたな」

「実はカプラン・ムロイトから、伝言ツバメで時々連絡を取り合ってたんだ」

「どうやって居場所を?」

「うん。娼館で合言葉を言ってバルネロに連絡を取ってもらってたの」

  そういえば剣の大陸に向かう直前、メルルが一時姿を消した時があった事を思い出した。

「娼館って、お前がいくところじゃないだろ」

「え? 結構楽しいよ。綺麗なお姉さんやお兄さん、みんな優しいもん」

「気に入ったようで何より。でクラウンとも合流して今に至ると」

「うん。クラウンの事はもう聞いた?」

「本人から聞いたよ……」

  ただ会話しているだけなのに、気分が晴れていく事に気づいた。

「まだ寝てていいよ」

「いや気分もだいぶ良くなったし、それに足、辛いだろ」

  どれだけ膝枕してくれているのか分からないが、頭の重さで足が痺れているに違いない。

 手を優しく退けて起き上がる。

「もう引き篭もりの時間は終わりでいい。そろそろアルフェに会いに行こうぜ」

  メルルの瞳がより一層輝く。

「うん! あっでも––」

「イッテ」

 メルルに伸びに伸びた顎髭を引っ張られた。

「髭剃って身綺麗にしてからね」

「はいはい」


「おうディアス。血色も良くてさっぱりしたじゃねえか。でも、髭は伸ばした方がいいんじゃねえか、俺様みたいによ」

  バルネロは自慢の顎髭を撫でて見せる。

「遠慮しておく。俺には似合わないらしいからな」

  身だしなみを整えたディアスがいるのは船長室。集まっているのはディアスとバルネロ。そしてメルルとクラウンである。

「バルネロ。今の大陸の状況が知りたい」

「いいぜ。お前達もおさらいのつもりで聞いておけ」

  バルネロが地図をテーブルの上に広げた。

「今の大修道院は戦力が手薄だ。何故ならオルロン騎士団長自ら率いて南の城塞都市ストルド・ディフェロスに進軍したからだ」

「そこで何があった」

「なんでも魔物に占拠されて、領主とも音信不通らしい。誰か知り合いでも?」

「いや」

 友人の領主が気掛かりだったが、今は大修道院の問題を解決する方が先決だ。

「俺達がいるのは剣の大陸と弓の大陸の間の海。大修道院に向かって東に航海中だ」

「港へ停泊はできないだろう」

「依然封鎖されている。だから海に流れ込む川に向かっている」

「川を遡上するんだな」

「ああ、できればアガスズィ号で乗り込みてえが、流石に川幅が小さすぎる。だから小舟で行ってもらう」

「この船で行ったら目立つだけだ。小舟で充分だよ」

「小舟で近くまで行ったら後は歩く。ここまで来れば目と鼻の先だ。バレる事はないだろう。潜入方法だが––」

  メルルが割り込む。

「正面から行く」

「嬢ちゃん。前も言ったが危険だぞ。友達を助けに行くだけなら、隠れながらの方が危険も少ないはずだ」

「アルフェだけ助けてもダメなの。大修道院にいる人みんなを助けないと」

「誰から助けるっていうんだい?」

「パトリアップ大司教から助けるの」

「大司教を敵に回すって事は、シャイラーオ教団、いやアトラード全員を敵に回す事になるぞ」

「でも、あの人は何か恐ろしい。理由は分からないけれど、一緒にいちゃいけないと思うの!」

  ディアスはため息をついた。

「勘じゃ人を説得できないぞ」

 対照的にバルネロは大笑い。

「いいじゃねえか。じゃあ派手に登場して大司教さまを驚かせてやれ」

「おいバルネロ」

「ディアス。彼女を信じてやらないのか。俺様は大司教さまより、目の前の女神を信じるぜ」

「メルル、エヴァルネ神聖騎士団が迎え撃ってくるぞ。それでも正面から行くのか」

  ディアスにもパトリアップが本当に恐ろしい存在なのか確証が持てなかった。

「うん。もし騎士団の人達が武器を向けてきたら説得するわ。それがダメなら、動けなくする」

「それは僕に任せてください」

  言いながらクラウンは腰の短剣を見せる。

「絶対殺しちゃダメ。それを使うなら相手の武器を破壊して」

「分かった。絶対殺さない」

  クラウンは忠犬のような素直さで短剣をしまう。

 バルネロが纏めに入った。

「じゃあ川を遡り、大修道院に正面から入って大司教さまを止める。邪魔するやつは殺さないで動きを止め、嬢ちゃんのお友達を助ける。これでいいな」

  バルネロを除く船長室にいる全員が頷いた。

「よし、じゃあ船が川の出口に付いたら教える。それまで解散!」

  ディアスは去り際、バルネロに声をかける。

「助けてくれて感謝する」

「よせやい。背中が痒くなる。それより嬢ちゃんを守ってやれよ」

「ああ、分かってる。ところで、目をどうしたんだ?」

  以前会った時と違い、バルネロは左目の上に眼帯をしていた。

「これか、なに兄弟喧嘩でちょっとヘマしたのさ。でも更に男前になっただろ?」

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