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第三章 第8話 

「お前クラウン、か?」

 少年、クラウンは頷く。

「お久しぶりです。ディアスさん」

  男はベッドの上で自嘲の笑みを浮かべる。

「名前を呼ばれたのは、一年ぶりだな」

「何があったかは聞きました」

 クラウンの視線が右手の甲に注がれるのに気づき、自分でも火傷跡を見下ろす。

「信じられるか。ここに太陽神の紋章があったんだ。それなのに太陽に焼かれて醜い傷跡になっちまった」

  ディアスは力なく疑問を投げかける。

「クラウン。歩けないんじゃなかったのか。それともあれは演技だったのか」

「演技ではないです。今も下半身の機能は失われています。けれど、ある女から力を借りている状態です」

 クラウンが扉を閉めると、ローブを貫通するように暗紫の骸骨が現れた。

 奇怪な人骨を見て思わず武器を探す。

「落ち着いてください。彼女はこんな身なりですが魔物でも亡霊でもありません」

  彼女、言われてみれば身振りが女性的と言われればそう見える。

「チルヌアという名前で、本人曰く二千年前から暗殺業に携わっていたそうです」

  チルヌアはクラウンの肩にしなだりかかりながら、気怠げに手を振ってきた。

 これが生身の体ならば、さぞ魅力的だったろうが何の反応も起きなかった。

 チルヌアも無反応に腹を立てたか、クラウンの体内に消えてしまう。

「大昔の暗殺者が何故お前と一緒にいるんだ」

「まだ歩けた頃、僕は馬に轢かれました。そしてミセロテ療養院に預けられたんです」

  クラウンは院長であるアスコムに有無を言わさずエズベドアを埋め込まれた事を話す。

「エズベドア……確か、院長にも埋め込まれていた蜂。まさか院長も何者かに操られて?」

  寄生蜂によって化け物になったとしたら、それも納得できる。

「いえ。アスコムは自分からすすんで受け入れたようです。その理由は今となっては分かりません」

 クラウンが後ろを向き、結えた髪をかきあげると、顕になったうなじにエメラルドの蜂が埋め込まれていた。

「この中に収められたチルヌアによって、僕は歩けています。もし引き剥がされれば、僕はすぐにでも死ぬ。たとえ使い続けても二年後には命を落とすでしょう」

「そんなものがうなじに」

  返事が上の空になったのは、何か引っかかりを覚えたからだ。しかし針の正体は分からない。

 話していると、段々と疑問が沸騰した鍋のように溢れてくる。

「剣の大陸にはどうやって? 何故俺の場所が、いや、どうして俺に会いにきた?」

「一つずつ答えます。まず剣の大陸には船で来ました」

「扼殺症で港は封鎖されているはずだが」

「正規の船ではありません。密輸船です。アガスズィ号という名前に聞き覚えは?」

「いや。いや待て……あのリボータルの船長の船か、確か名前は」

 一年前の記憶を手繰り寄せる。

「バルネロ、確かバルネロという名前だった」

「正解です。実はバルネロ船長とはカプラン・ムロイトの娼館で出会いました」

  クラウンは剣の大陸に渡る船を探して行き倒れたところを、娼婦に助けられ、そこでバルネロを紹介されたらしい。

「僕はアガスズィ号の小間使いとして雇われ、剣の大陸に上陸したのです」

  港は封鎖されているので、およそ船が通れないような岩礁地帯などを利用して接岸したそうだ。

「すごい行動力だな、バルネロもお前も。でも一体何しに来たんだ」

「メルルを、追いかけて、来たんです」

「お前も彼女の命を狙って––」

 クラウンの頬が、ほんの少し赤くなっていた。

「違います。僕は彼女の力になりたくて追ってきたんです!」

  感情表現が希薄だったクラウンが顔を真っ赤にして大声を出す。

 嘘をついている様子はなかった。

 メルルは今何をしているのか、まだ大修道院にいるのだろうか。

「貴方に会いにきたのは、彼女の頼みで貴方を探していたからです」

  疑問が口から出る前に、クラウンは続ける。

「メルルの頼みで貴方を探し続けていました。手掛かりは右手に火傷がある男。この少ない情報で見つけるのは骨が折れました」

「待て」

「やっと手がかりを見つけたのは一週間前。娼館の一室を七日分前払いした男が、右手に火傷をしていた。それを聞いて会いにきたんです」

「待てって。メルルはお前と一緒にいるんだな」

「ええ。アガスズィ号に乗っています」

「何故アガスズィ号に乗っている」

「僕の口から言えるのは、船から飛び降りた彼女を救助したからです。詳細はメルルに聞いてください」

「アルフェも一緒なのか」

  メルルの一歩後ろを影のように付き従っていた彼女も、当然一緒だと思っていたが、クラウンは首を振った。

「いいえ。アルフェは大修道院で封印されています。貴方にはアルフェ救出に力を貸してほしい。メルルはそう考えているようです」

  一気に情報を投擲されて、頭がクラクラしてきた。

「つまり、お前達はアルフェを救出しようとしていて、その為に俺の力も借りたいと」

「それと、純粋に貴方を助けたいというメルルの気持ちです」

 気持ちを整理するために、深く息を吐く。その間クラウンは待っていてくれた。

「何故お前や船長は手を貸してくれるんだ」

「バルネロ船長はメルルの事を気に入っているので、力を貸す事を惜しみません」

  確かに斧の大陸への航海も快く引き受けてくれた。

「僕は彼女の為なら、何でもする。ただそれだけです」

「そうか、全くあいつときたら」

 いつも人懐っこい笑顔を思い出す。

「どうしますかディアスさん。僕は来ても来なくても、どちらでも構いません」

 ディアスは首を巡らせる。

「行こう。もうどぶさらいは廃業だ」

「では、これに着替えてください」

 クラウンが放った物を受け取ると、それは綺麗に畳まれた服とズボン。そして新品の外套。

「そんな裸同然でメルルに会わないでください」

  言われて気づく。外套はヘドロが染み付き、肌着同然の服は白かったはずだが、さまざまな汚れで黒ずんでいた。

 ベッドのシーツも真っ黒に染まり、見ただけで悪臭が染み付いているのが分かった。

 自分でやった事なのに、自然とため息をついてしまう。


 王都の血管ともいうべき川を一隻の小舟が進む。アガスズィ号から派遣された小舟で船員以外にクラウンとディアスが乗り込んでいた。

 海に出ると、月明かりに照らされる帆船アガスズィ号の威容が見えてくる。

 降ろしてもらった縄梯で甲板に上がると、プラチナブロンドの砲弾が腹に直撃した。

 体がくの字に折れ、甲板から落ちそうになるが、残り少ない体力を両足に込める。

「ディアス! 無事だったんだね!」

 メルルは目尻に大粒の涙を溜めながら見上げてきた。

「ああ、生きてたよ。久しぶりだな」

  頭に手を置くと、掌に伝わる髪の感触と温かさに思わず頬が緩む。

「メルル、話したい事がいっぱいあるの。この一年で本当に色々あったんだから」

「本当、いろいろ……あったな」

  視界が回転する。止まった時にはメルルの素足しか見えなかった。

「相変わらず、裸足かよ」

  そう呟いたのを最後に意識が途切れた。

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