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第三章 第7話 

 二人の男が迷宮の一角で腰を下ろして小休止している。

  一人は口元を厚手の布マスクで覆い、もう一人は頭までフードを被っているのでどちらも人相は分からない。

「どぶさらいの仕事がこんなに忙しくなるなんて、一年前は想像もしなかったな」

 マスク男が話しかけてくるが、フードの男は返事をしない。

 無視されているのも構わず、マスク男はパイプを取り出しながら続ける。

「なんだっけ。聖人を語る偽物が王の病を治せるとか大洞吹いて、王様死なせちまったんだろう。それで王都は今こんな有様さ」

 パイプから紫煙が立ち上り、天井の格子の隙間から空に登って行く。

「お陰様で、違法だっだどぶさらいが、高給取りの人気職業になったのは感謝しないとな」

 フードの男は死んだように座り込んだままだ。

「なあ、あんた。気になっていたんだが、その右手どうしたんだい?」

 初めてフードの男が動き、自分の右手の甲を見た。

「……昔の事で忘れたよ」

「そうかい」

 マスク男は深く追求せず、口を晒してパイプ草の煙を肺いっぱいに吸い込む。

 不意に遠くから重いものが落ちる水音が聞こえた。

 空耳ではない証拠は、フードを被った男もぴくりと体を震わせたからだ。

「さてと、お仕事の時間だ。行くぜ相棒」

  二人は立ち上がり、王都の下水道という名の迷宮を進む。

 通路を歩きながら、持っているランタンで照らされた流れる排水は、害虫の背中のような光沢のある色で、所々にブヨブヨとした白っぽいものが浮かんでいる。

 見ているだけで腹痛を催しそうだ。

 二人はランタンで排水を照らし、手に持った鍬を下水に差し込む。

 底にはヘドロが沈殿していた。

「ヘドロどもめ、毎回毎回、縋りつくように、まとわりついてきやがる」

 鍬を差し込みながら進むと、小指の爪はある蝿が顔にぶつかってきた。

「寄るなっつうの。蝿やヘドロじゃなくて若い女に寄ってきてもらいたいもんだ。なぁ」

 マスク男が悪態をつくなか、フード男は無言で仕事をこなしていた。

 排水から掬ったヘドロからは、硬貨や指輪など価値のありそうなものがランタンの光を反射する。

 それらを袋に詰め込みながら下水道の奥へ奥へと歩いて行く。

「お宝見つからねえな。ん? 聞こえたか?」

 フード男は頷いて身構える。

  二人が聞いたのは下水道の主の鳴き声だった。

「火を絶やすな」

 二人は松明を取り出し、ランタンを利用して火を灯した。

 腰のベルトにランタンを固定すると、松明を持って探索を再開する。

 マスク男の鍬がヘドロ以上に重いものを引っ掛けた。

「これは……! おい松明持っててくれ」

 フード男の両手の松明に照らされながら鍬を引き抜くと、大きな麻袋が水面に浮かび上がる。

 通路に置いた袋を見ると、穴を発見したので、そこから中を覗き込む。

「よしよし。これで、三日は遊んで暮らせるぞ」

 麻袋を肩に担いでまた片道を戻ろうとすると、再び水音が聞こえてきた。

「新しいお宝だ。どうする相棒。回収しに行くか?」

  相変わらずフード男は口を開かないが、いつもの事なので腹が立つことはなかった。

 マスク男を先頭に二人はさらに奥へ。

 今いるところは壁に松明が提げられているが、それ以上奥の通路の照明は手持ちのしかない。

 何故ならそこは下水道の主の領域だからだ。

 二人は松明で闇を退けながら、どぶさらいをすることなく、最優先で目的の麻袋を捜索する。

 マスク男が足を止めた。麻袋が水面を流れてくる。鍬で引き寄せて通路に上げると、中を確認するために腰のナイフで小さく穴を開けて確かめる。

「見ろよ。こいつの首」

  死体の首にクッキリと浮かびあがるのは黒い指のようなアザ。

  見下ろしたフードの男が、目をそらしている事に気づかなかった。

「よいしょっと、知ってるか? 首にアザのある死体には虫も獣も近寄らないらしいぜ」

  マスク男の独り言が下水道にこだまする。他に聞こえる音といえば、松明の火が爆ぜる音と二人の足音。

 その三つの音に違和感が混ざっているのに気づいたのは、二人ほぼ同時だった。

 火が爆ぜる中、耳をそばだてると、無数の毛玉が寄り添って進んでくるような音と耳障りな低い鳴き声。

 音がする方を見ると、数えきれないほどの赤い光点がこちらを凝視している。

 松明を向けると、下水道の主の正体が浮かび上がる。

「骨まで齧られたくなかったら逃げろ!」

  二人は全速力で駆け出す。後ろからは下水道を埋め尽くす鼠の群れ。

 マスク男は麻袋を担いている分、体力の消費が激しく速度が出ない。

 フード男は松明を黒い群れに投げつけた。

 目前に落ちた火の塊にネズミは怯んだので、走って距離を開ける。

 二つあった松明を投げつける事で、何とか下水道の主から逃げ切る事ができた。

 最初の麻袋に戻ってきた時には、二人とも息が絶え絶えになっていた。

「何とか逃げ切ったな。全くネズミのくせに我が物顔で仕事場を荒らしやがって」

  マスク男は文句を言いながらも、下水道から二つの麻袋を地上に引っ張り上げる。

 フード男と一緒に死体置き場に赴き、係のものから報酬をもらうと、二人は娼館に足を運んだ。

「じゃあ相棒。一週間後に会おうぜ」

 カウンターで七日分の宿泊費を前払いすると、マスク男は両脇に娼婦を抱いて部屋に消えた。


 見送ったフード男は、娼婦も男娼も取る事なく部屋に引き篭もる。

 灯りもつけずにフードを投げ捨てると、手探りでベッドに飛び込んだ。

 下水道の汚れも臭いもそのままだったが、毎日腐臭だらけの王都で、気にする人間は皆無だ。

 フード男は目を閉じては痙攣するように目覚めるを繰り返す。

 眠りにつくと悪夢にうなされ、逃げるように目を覚ます。そんな夜がもう一年も続いていた。

 翌日。マスク男の姿はなかった。なんでも息ができないと苦しみだし、首には締められたようなアザが浮かび上がっていた。

 それを知った娼館の人間によって放り出されたらしいが、行方は分からずじまい。

 フード男も特に探すこともせず、前払いした部屋で許される限りの引きこもり生活を続ける。

 遂に明日からはまた稼ぎに行かないといけない。憂鬱な霧に包まれていると、部屋の扉が荒々しくノックされた。

 娼館の主人が扉越しに声をかけてくる。

「あんたに尋ね人だ」

 扉が開き潮風が吹き込む。

 そこにいたのは、下ろしたての黒いローブを羽織った見覚えのある少年だった。

 記憶が間違っていなければ、彼は歩けず車椅子を利用していたはずなのに……。

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