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第三章 第5話 

 ディアスが右手を近づけると、お腹を押さえて顔を顰めていた少女の表情が明らかに穏やかな顔に安堵の息を吐く。

「娘の苦しみを取り除いていただき、本当にありがとうございます」

「もう大丈夫ですが、体力が回復するまでは目を離さないであげてください」

  何度も頭を下げる父親が去ると、足を引きずる老人が近づいてきた。

「ここに来るまでずっと歩いてきたので、足が痛くて痛くて」

  観ると、血豆と靴擦れで、靴の中は真っ赤に染まっていた。

「すぐ良くなりますよ」

 右手の紋章が内から光を放ち、みるみるうちに傷を塞ぐ。

「ありがとうございます。聖人様」

「……お大事に。次の方」

 日が沈み寝静まった頃、ここ最近の日課となった人々の癒しを終え、自室でため息と共に疲労を排出した。

 太陽神の紋章を民達が知ってから、力の行使をする毎日が続く。

 辛さや痛みを訴え眉根を寄せる人達が、快復し笑顔と御礼の言葉を頂けるのは、こちらとしてもとても癒される。

 しかし、どうしても休みが取れず、精神的には満たされていても肉体の疲労は確実に蓄積していた。

 気づくと、カーテンを閉め忘れた窓から強い光が差し込んでいた。

 眠るためにベッドに横になったが、一睡もできずに朝を迎える。

 ディアスの癒しの力は神の力という以外に形容する言葉は見当たらない。

 失った腕や足だけでなく、心臓が鼓動していれば傷ついた脳も後遺症を残す事なく再生する事が可能だ。

 その奇跡は既に伝言ツバメによって王都に届けられていた。

 ディアスは重い体を引きずるように起き上がり、隔離病棟に向かう。

 扼殺症の患者達と世話をする修道士達の中で元気な声が駆け回る。

「おはようございます。お体拭きますね。今日もいい天気ですよ。早く外に出たいですね」

  メルルは患者の体を拭き、床ずれしないように体の位置を変える。その間も声をかけることを忘れない。

 野盗に襲われた村から帰ってくると、じっとしているのが苦手なメルルは進んで隔離病棟の手伝いを申し出た。

 いつ病に襲われるか分からないなか、彼女の持ち前の明るさが翳ることはなく、修道士達の光となっていた。

 患者の世話がひと段落すると、修道士一人一人に声をかけていく。

 一言、二言話すだけで疲労の色が濃い修道士達の背筋が伸びていた。

 そんなメルルを見遣りながら、患者の一人に近づいていく。

 中年の女性の首には扼殺の名の通り、黒いアザのような跡が付いている。

 これが段々と濃くなって食い込み、患者を死に至らせる。

 これまでは不治の病だったが、今は違う。

 ディアスが右手から溢れる光によって、首を締め付ける跡が薄くなっていく。

 完全には消えていないが、患者の呼吸が楽になり顔に正気が戻ったのが分かる。

 あとは患者の体力次第だ。隔離病棟にいる患者は新規に搬入される民を除いて、治癒は済んでいる。

 一仕事を終えて、日陰の場所に座り込み、大きな溜息をついた。

「ディアス。お疲れ様」

「おおメルル」

  疲れを見せないように立ち上がる。

「いいよ。座ってなよ」

「いや一休みは終わりだ。まだ苦しんでいる民がいるんだから」

  歩こうとしたがよろけてしまい、メルルに抱き留められた。

「すまん。重いよな」

  メルルは首を左右に振る。

「ディアス痩せたよ」

「いや、そんな事はないぞ」

「ほっぺがげっそりしてる」

 久々に触れた頬は無精髭だらけで、言われた通りに骨と皮だになっている。

「これは人前に出れないな」

  メルルに勧められるまま座り込む。

 支えられると不思議と全身の疲れが、ほんの少し軽くなる気がした。

「お腹空いてる?」

 首を横に振る。

「じゃあ水飲む?」

  皮袋から聞こえる水音で、喉の渇きを覚えた。口をつけると唇が染みる。どうやら何箇所か切れているようだ。

「体も大事にしないと。自分に癒しの奇跡は使えないの」

「試した事なかった」

 右手を自分の顔に近づけてみると、疲労が消え去ると同時に新たな疲労がのしかかる。

「力を使えば疲れる。意味はないな」

「そっか。じゃあメルルに任せて」

  メルルに抱きしめられる。否定する力も出ず、身を任せてプラチナブロンドの髪に顔を埋めていると、不思議と心が穏やかになっていく。

 日陰から日向になる頃、全身の活力が蘇り、足に力が入るようになった。

 近づいてくる足音に気づき、メルルの腕を解いて立ち上がる。

「助かったよ」

「もういいの?」

「ああ、弱ってるところを見られたら民達が不安がる。それにメルルのお陰で元気が出てきたよ」

 修道士の一人が現れる。

「ディアス様。こちらにおられましたか。大司教様がお呼びです」

「すぐ向かうと伝えてくれ」

 修道士を先に行かせ、パトリアップの元へ向かうことにする。

「メルル。お前も無理するな。ちゃんと休める時は休めよ。それと、ありがとうな」

「ディアスも、無理しないでね」

  返事をしながら大司教の部屋に向けて歩き出す。


「リンデ・パラバルゴへ、ですか」

「はい。大修道院の患者は貴方のお陰で快復に向かっています。伝言ツバメからも貴方の力を借りたいと書いてありました」

「向かうのは構いません。しかし王が発症して二週間は経過しているはず……」

  手遅れとは中々言い出さなかったが、その意を汲み取ったのか大司教は頷く。

「二週間は過ぎていますが、王は病と戦っています。しかし余談は許さない状況なのは確かです」

「分かりました。一縷の望みがあるのなら今すぐ王都へ向かいます」

「お願いします」

 厩舎に赴くと、メルルが乗馬の練習をしていた。

「元気だな」

  声をかけると、メルルは馬の首を優しく叩く。

「この子、とっても優しくていい子なのよ」

 特性の鞍と鎧でメルルでも楽しめているようだ。

「メルルが馬に乗れるようになれば、ディアス達ともっといろんな所へ行けるでしょ」

「確かにな」

「何処いくの」

「リンデ・パラバルゴだ。王の病を癒しにいく。メルルはアルフェと共に待っているんだ」

「……うん」

「素直だな」

「だって、王都は見てみたいけれど、みんなが元気な時に見に行きたい。きっと今はみんな苦しんでいると思うから。それに帰ってくるんでしょ」

「ああ、次期大司教が修道院を長く空けておく訳にはいかない」

「もう、メルルの顔が見たいからって言えばいいじゃん」

「じゃあ、そういうことにしておこう」

「えっ」

「嘘だよ」

 メルルが何か言う前に、準備のできた馬に乗ってその場を去る。

「ディアスのバーカ!」

 大修道院の門の前で待っていたのは馬に乗ったオルロンと十名の騎士。

「ディアス。準備できたな」

「団長もついてきてくれるのですか」

「うむ。パトリアップ様から同行するようにと指示を得た。ここ最近は周辺の治安も落ち着いていて騎士団にも余裕ができたから。ここの防備も薄くはならん」

 オルロンとディアスを先頭にその後ろを守るように騎士達が続く。

 隣を歩く団長に小声で本心を吐露する。

「助かります。王に一人で会いに行くのかと思っていたので」

「フッ。今のうちに慣れろ。次期大司教になればアーベル陛下や諸侯達との謁見など日常茶飯事だからな」

 再開して初めてオルロンが笑ったところを、緊張していたディアスは見逃していた。 

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