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第三章 第2話 

 オルロンに通された大広間では信者達が両手を組み目を閉じて一心に祈りを捧げ、歌声に耳を傾けていた。

 大広間奥で聖歌を歌うのは、青い髪を真っ直ぐに伸ばした女性。

 法衣は飾り気のないシンプルなものだが、髪を彩る装飾品がバランスをとり、派手すぎず、女性の魅力を最大限に引き出している。

 大広間に響き渡る歌声も耳心地よく、闇を切り裂く導きの光のようであった。

 歌い終わると信者達は涙を流し「大司教様。ありがとうございます」と礼を述べる。

 配給のパンをもらった彼らが全員大広間を後にしてから、オルロンと共に女性の元へ。

「パトリアップ様。ディアスを連れて参りました」

 大司教パトリアップは、そよ風のようにゆったりとした口調で歓迎する。

「ああディアス。お久しぶりです」

「はい。二年振りになります」

「もうそんなに経ちますか。オルロンから、今の異常事態は聞きましたか」

「パトリアップ様。是非貴女様からお願いします。どうしても怒りを抑えきれないので」

「オルロン。そんな子供のようなことを。分かりました(わたくし)の部屋へ行きましょう。詳細はそこで話します」

 パトリアップは部屋に到着するなり椅子に座った。だいぶ疲労が募っているようだ。

 修道士が持ってきた湯気の立つお茶で唇を湿らせて話をはじめる。

「初めてこの病が確認されたのは、南の村からでした……」


  王都からきた行商人は南の城塞都市へ向かう道すがら、脇道にある村へ向かうのが一ヶ月に一度の行商のささやかな楽しみだった。

 その村は小さいながらも、訪ねてくる人を歓迎してくれ、厚いもてなしが長い旅路に潤いを与えてくれる。

 今日はここにくる途中、突風のように駆ける馬に轢かれそうになり、その怒りを鎮める意味もあった。

 空腹を覚え、今日のスープの具は何だろうと考えながら、村に入ってすぐ違和感を覚える。

 いつもは農作業をしている人も、井戸で洗濯をしている人も姿が見えないどころか、生者の気配を感じられない。

 鼻をくすぐるのは、木々と土の匂い。いつも漂うスープの香りはない。

 行商人は顔見知りの一人の家を訪問する。声をかけても反応はない。他の家も訪ねてみるが誰も出てこなかった。

 空恐ろしくなって村を出ていこうとすると、誰もいなかったはずの畑から手が突き出た。

 突然の事に悲鳴を上げながら尻餅をつく。

 手は空を掴むように、指を力なく動かしている。

 行商人は怖いもの見たさで近づくと、手の正体は顔見知りの村人だった。

「何があった」

 行商人の言葉に男は自分の首を手で抑え「苦しい」と一言漏らして動かなくなってしまう。

 これは一大事と、行商人は元来た道を戻り、王都に知らせに走る。途中、轢かれそうになった馬の騎手が転落していて、騎手もまた生き絶えていた。


「その流行病は瞬く間に北上し、大陸の北半分で猛威を奮っています」

  パトリアップは苦しみを飲み下すようにお茶に口をつけた。

「北半分、それは王都(リンデ・パラバルゴ)も入っているのですか」

 パトリアップは目を伏せて頷き、苦虫を噛み潰したような表情のオルロンが代わりに答える。

「この事態を伝えられたアーベル王は、すぐさま勅令を出し、治療と原因の究明に尽力したが、病を食い止めることはできず……これは近衛兵など一部の者しか知らされていないが、王も王族も病に臥せっておられる」

「無事なのですか」

「伝言ツバメによると、日に日に悪化しているそうだ」

 パトリアップが顔を上げディアスを見つめる。

「この流行病は謎が多いのです。王都近くの村では誰も発症していないのに、その南の村の民は全員発症していたりと、法則が全く予測できません」

大修道院(ここ)にも感染した民が?」

「ええ。数は少ないですが日に日に増えています」

 そこまで話したところで修道士がやってきた。

「大司教様。臥せった民達が呼んでいます」

「すぐ向かいますと、彼らに伝えてください」

 パトリアップは湯気が消えたコップを皿に起き、椅子から立ち上がる。

「実際に見たほうが早いでしょう。オルロン案内を頼みます」

「お任せください」

 ディアスは何も言えずにパトリアップとオルロンの後をついていく。

 到着したのは、修道院から少し離れたところにある長方形の二階建ての建物。

 何人も拒むように固く閉じられた扉に、パトリアップが声をかける。

 中から口元を覆った修道士が出てきた。目の下にクマができた修道士を労いながら中に入る。

 続こうとすると、オルロンに止められた。

「私達はこっちだ」

 連れてこられたのは一階の部屋の窓が並ぶ場所。

 中の空気を閉じ込めるように、窓は全て閉め切られている。

「この部屋を見てみたまえ」

  オルロンが示した窓から覗くと、そこは客室のようだった。暖炉に火が灯ってないから中は薄暗く、ベッドは撤去され、空いたスペースを埋めるように布団が敷かれ人が寝かされている。

 その隙間を縫うように口元を隠した修道士が歩いているが、快方には向かっていないのが充血した目から推測できた。

「皆、流行病の患者ですか」

「そうだ。既に一階の全部屋は患者が占拠している。二階が埋まるのも時間の問題だ」

  オルロンの話を聞いていると、パトリアップが部屋に入ってきた。

 何をするのかと思いきや、躊躇うことなく患者の枕元に座り込み、髪を撫で声をかけている。

「パトリアップ様は毎日何回も患者達の元へ足を運んでは励ましの言葉をかけている」

「大司教様が発症したら本末転倒ではありませんか」

「それは重々承知の上だ。私も何度も説得したが、彼女は苦しむ民のためと言って聞かなかい。それに今のところ発症の兆候は見られていない。これも太陽神の加護だろう」

 太陽神の加護。シャイラーオ教団の信者ではなくとも知っている話だ。

 約百七十年前、ある嵐の日。当時三十歳だったパトリアップの乗った馬車が崖下から転落。

 雨と風に晒さた馬車は限界をとどめておらず、生存は絶望的だったが、パトリアップは生きていた。ある力の消滅と引き換えに。

  そのパトリアップは今、老年の男性に膝枕して歌を歌っている。流す涙が男性の頬を濡らしても何の反応も示さない。

「この病が他の病と違う特徴はアレだ」

  患者の首筋に先端が細いアザのような形が浮かび上がっている。

「症状は皆共通。急に息苦しさを覚え、そのまま首を絞められるような状態が七日続き、苦しんだ末に息を引き取る。我々はこれを扼殺症と呼んでいる」

  扼殺の名の通り、首の跡はまるで手か何かで締め殺されているようだった。

 膝枕されていた男性は、顔まで布で覆われて部屋の外へ運ばれ、見届けたパトリアップは次の部屋で患者達の相手をしていた。

「団長!」

 一人の騎士が慌てた様子で声をかける。

「東から来た村人から盗賊に襲われたと訴えがありました」

「東か、遠征している部隊を呼び戻し、討伐に向かわせるとして何日かかる」

「南西は二日、南は三日、呼び戻すだけで最低四日は必要です」

「四日、今常駐している騎士達は修道院の守りの要。動かすわけには」

「お、お願いします!」

 騎士がやってきた方角から村人と思われる若者が血相を抱えて走ってくる。

 若者は取り押さえられながらも、訴えを辞めようとしなかった。

「村には妻が、逃げ遅れた人達もいるんです。すぐに行かないとどんな目に遭うか知れたもんじゃありません!」

  涙と涎を垂らして村の窮状を訴える若者を見て、オルロンは冷静に返答する。

「賊は必ず討伐する。しかし部隊を他の地域に派遣しているので、最低でも四日は必要なのだ」

「そんな、四日も過ぎたら家族は殺され、村は何もなくなってしまいます。お願いです。何とかしてください! 一生のお願いです!!」

 ディアスは、オルロンが何か言う前に一歩前に進み出た。

「俺が行こう」

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