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第三章『分からないのか 友よ』 第1話 

「このアデマギルヴォは今はない。ムーケルデンの大釜という名前がつけられた––」

「つまんない」

 昨日からのメルルの口癖だ。耳にタコが出来るほどで十回数えたところでやめた。

「いつ、剣の大陸に到着するの」

 ベッドの上のアルフェが答える。

「カプラン・ムロイトから剣の大陸の港までは平均で四日掛かります。今回の航海は波も穏やかで向かい風はありませんが、強い追い風がないので––」

「いつ到着するの」

「後二日で到着する予定です」

「二日も外見れないの、やだなー」

 ディアス達には一人一人船室をあてがわれている。しかし勝手に部屋を出ていいのは食事か用を足す時だけ。

 甲板に出ることは許されなかったので、部屋の小さな丸窓からしか外を見れなかった。

 今はアルフェの部屋に集まっているが、これもメルルがオルロンに直談判してやっと許してもらったのだ。

 メルルにとってはガラス越しの外よりも、直に潮風や陽射しを感じたいのだろう。

 そうは言っても、許してもらえなければどうしようもない。

 メルルはいつも持ち歩いている世界地図で自分がどこにいるか確かめていたようだが、すぐに表紙を閉じる。

「む〜ここ海しかなくてつまんな〜い」

「暴れるな。また部屋から出れなくなるぞ」

「……じゃあなんか、お話ししてよ」

「私は人に聞かせるような物語も過去もないので、ディアス様お願いします」

 何とも言えない重いパスにため息をつく。

 ここで断れば、メルルはそれこそ噴火するように手がつけられなくなるだろう。

「よし、俺が剣の大陸にいた頃の話をしてやる」

「本当! 聞かせて、早く聞かせて」

「期待するほど楽しくないとは思うが、まあ時間潰しにはなるだろう」

 ディアスは天を仰ぎ、記憶の引き出しを開けるように思い出していく。

「二年前、そう俺が引き篭もる一年前の話だ。やっと騎士見習いから正騎士になったばかりの頃、ある護衛任務に就いたんだ」


「俺はシェード侯爵と共に闇の魔物の襲撃を退け、翌日のシェードとリアーノ夫人の結婚式に出席した。自分で生き方を選んだリアーノはとても清々しい表情をしてた。しまいには花婿をお姫様抱っこしたりして、そのまま二人は馬に乗って……」

「ディアス様。話の腰を折って申し訳ありません」

 せっかく興が乗ってたのに、アルフェに中断させられてしまう。

「何だ。もう少しで終わるんだが」

「誠に申し訳ありませんが、メルル様は夢の世界へ行ってしまわれました」

 言われた通り、自らの腕枕ですやすやと寝息を立てていた。

「やっぱり、つまらなかったな」

「いえ。ディアス様の語り口調はとても眠気を誘います。一つの才能かと」

「それはどうも」

 メルルを自室に連れて寝かせると、彼女の寝顔に釣られたか、ついあくびが出てくる。

「あと二日は船から降りられないんだ。俺も惰眠を貪るかな」


 四日振りの潮風が背中を押す。強すぎて痛いくらいだが、ずっと船内にいたのでむしろ心地よく感じるほどだ。

 膝まで届く長い髪を抑えながらメルルも、はしゃいでいた。

「やっと剣の大陸に到着したね」

「ああ、ここからは陸路で教団総本山の大修道院へ向かうはずだ」

  剣の大陸はその名の通り長剣の形をしている。ディアス達が停泊する港は西側の鍔に位置していた。

 港に到着するとカプラン・ムロイトと明らかに活気がない。

 船は停泊したまま市場は閉じられ、人の姿は船の整備をしているだけだ。

 通りを歩いても空いている店は少なく、買い物客は足早に去っていく。

 町の出口で待っていた馬車と馬を引き連れた騎馬隊と合流する。

 オルロン達と騎士達は馬に乗り、ディアス達は馬車に乗り込んだ。

「アルフェここに下ろすぞ」

「はい」

 毛布を全身に巻いたアルフェを馬車の椅子に座らせる。

 何故ミノムシのような姿かというと、先日の狙撃で両手脚は痛々しい包帯が巻かれている。

 マギゼルなので治療はできずに傷を隠すために包帯をしている。

 メルルの悲しい顔を出来る限り見たくない。アルフェなりの配慮だった。

「寒くない?」

 そんなアルフェを暖めるように、メルルは抱き締めている。

 馬車が止まつた。すぐに動き出すが先ほどよりも速度が遅い。

 体が後ろに傾いたので坂を登っているらしい。

 外から「道を開けろ」という声が聞こえるので、締め切った窓を少しだけ開く。

 馬車の隣を粗末な服を着た人々が歩いている。老若男女問わず、重さを吊るしているかのように、頭が垂れていた。

 通りざま、小さな娘を連れた母親らしい女性が馬車の方を見ていたが、御者も騎士も誰も相手しようとしなかった。

 オルロンに抗議しようとしても姿は見えない。

 御者に聞いてみるかと思ったが、メルルがいる。彼女が民達を見たらきっと大声で助けを求めるだろう。

 大修道院に着いてからオルロン本人に抗議することに決めた。

 大修道院は剣の大陸の鍔中央に位置する。森の中の天然の要塞ともいうべき丘に作られており、出入り口に行くには丘を巡るような一本道の坂を進むしかない。

 大きな門戸は信徒のために開放されておるが、敵襲があれば固く閉じ、シャイラーオの彫刻が異教徒と相対する。

 その門を通り過ぎ、馬車から降りたところで、馬から降りたオルロンがやってくる。

「部屋はお前が使っていたところと隣が開いている。場所は覚えているな」

「ああ。団長。話したい事がある」

「私もだ。だがここで熱を入れて議論するのは迷惑だ。後で私の部屋に来い」

  周りに目をやると、民達が身を寄せ合うようにテントを張っていた。

 アルフェを抱き抱えると、オルロンに制止される。

「修復するためにこちらで預かる」

「離れ離れになるの?」

「メルル様。また元気になって会いに行きますから、待っていてください」

「……分かった」

 アルフェを騎士団に預け、あてがわれた部屋を目指す。

 その背後で民の一人が首を抑えて倒れた。


 ディアスが部屋に入ると、オルロンは背を向けて窓を見ていた。

「彼らを助けないのか」

「助けているだろう。この修道院に受け入れている」

「ただ場所を与えているだけじゃないか」

「一年間逃げ続けていたお前が言える立場か」

 そう言われると押し黙るしかない。オルロンが反撃を開始する。

「お前は聖人の役目を放棄し、何もかも投げ捨てた。お前が隠居している間に剣の大陸は様変わりしてしまったんだよ」

「俺はただ訳なく引きこもった訳じゃ」

「理由はあるだろう。しかし、渡した盾に傷をつけて満足しているようでは未熟としか言いようがない」

「俺の気持ちも知らないで」

「知らん。だが本当に聖人の役目を放棄したいのなら、手を切り落とせばいい」

 思わず手首をおさえる。

「できないだろうな。自分が不自由になっても自由を得たい。そんな覚悟はないだろうからな」

  湧き上がる怒りを抑え込むように拳を握りしめる。

「そんな臆病なお前の力を借りなければならないほど、事態は切迫している」

 オルロンは窓の外に目をやった。

「外を見てみろ」

  言われた通りに窓に近づいて見ると、ひとりの少女が苦しんでいる。

 先ほど馬車から見た子供だ。

 母親が周りに助けを求めるように叫んでいると、修道士達が少女を担架にのせていく。

「あの子に何が?」

「今我々が直面している問題だ。それについてパトリアップ様がお前に会いたいそうだ。逃げようなどと思うなよ」

 ディアスは予想以上に大変な事態に巻き込まれてしまったと痛感した。


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