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第二章 第12話 

 拘束されたメルルはアスコムの部屋に連れてこられていた。

「離して、離してよ!」

「全く小煩い魂だね!」

 アスコムは端くれだった手からは想像できない力で首を絞めてくる。

「黙らないと、ずっと喉を締めてやるよ。そしたらどうなるか分かるかい?」

 メルルの足が中に浮いたせいで、体重が喉に掛かって更に苦しくなる。

 早く逃れたくて、必死に首を盾に振った。

 アスコムは作り物の笑顔を見せ、やっと首から手を離す。

「いい子だねぇ」

 そう言いながら締めていた首を改める。

「よしよし、跡はついてない。全く貴重な体だという事が分かってないのだから。ところで」

 アスコムは思い出したように問う。

「あんた男と寝た事は?」

「? ……ない、です」

「そうかいそうかい。なおさらいいね。私の理想そのものだよ」

 アスコムの調子に呑まれ、メルルは反論する事ができない。

 両手を後ろに拘束されると、ベッドにうつ伏せに押し倒された。

 背中に体重を乗せられ、逃げる事もままならない。

「さて、あんたを信じてないわけじゃないが」

「ひぃ、何して––」

 アスコムはメルルの足の間に指を伸ばすと、柔らかな門を開いて神聖な寝所を凝視する。

「うむうむ。傷ひとつない。」

 メルルは信じられない行為に思考がついていかず、枕に顔を埋め、声を出さずに助けを求めることしかできない。

「しおらしくなったねぇ。それでいい。そのまま微動だにするんじゃないよ」

 アスコムはメルルの背中に体重を乗せたまま、自らのうなじに手を伸ばす。

 何かを引きちぎるように手に力を込めると、ドアが大きな振動に震えた。

 二人が目をやると、ドアが大きく歪んだ次の瞬間に砕け散る。

 破片と共に入ってきたディアスが、馬乗りの老婆の顔面に拳を叩き込む。

 アスコムは鼻血と前歯を撒き散らしながら、ベッドの影に吹き飛んだ。

「おい、しっかりしろ」

 メルルは手を伸ばしたディアスの手を払ううが、大男の正体を知り、目を見開いたまま抱きついた。

 何も言えなかったが、持てる全ての力で抱きついた。

 か細い腕から伝わる震えを知り、ディアスは奥歯を強く噛み締めた。

「彼女を苦しめたな。この屑が!」

 見るとベッドの影からアスコムが鼻を押さえて立ち上がろうとしていた。

 折れた鼻を元に戻した手は更に骨張り、爪は長く伸び、顔に刻まれた皺は谷底のように深く、干上がった湖のように肌の潤いは消失していた。

「お前、何故生きている」

 アスコムは鼻に詰まった血を排出しながら問いかける。

 ディアスは布を巻いた右手で首筋を抑えた。

「化け物に教えてやる道理はない」

 アスコムに視線を据えたまま、メルルを庇うように背後に回す。

「そっちこそ教えろ。お前は人間か化け物か」

「聞いてどうするんだい?」

「人間なら後味が悪いが殺す。化け物なら躊躇いなく殺す」

 ディアスが拳を握りしめると、アスコムは血のこびりついた爪を更に伸ばす。

「お前がもう一度死ぬんだよぉ!」

 アスコムが飛びかかり爪で引っ掻いてくるので、左腕で防御し、右のストレートを繰り出した。

 老婆とは思えない反射神経で躱され、長い爪が顔を狙う。

 ディアスは投げ出すように背中から倒れて回避する。

 距離が離れて左腕を見ると、肉が大きく抉れている。骨に異常はないから動かせるが、かなり痛い。

 アスコムが肉食獣のように四つ足でディアスに飛びかかり、手の爪全てを両目に向けて突き刺そうとする。

 ディアスは歯を食いしばり、腕を掴んで爪を凌ぐ。アスコムの腕は皮を纏った骨のように細い。にも関わらず徐々に爪が近づいていた。

「さっさと死になよ。木偶の坊!」

 ディアスは渾身の力を両足に込めて、アスコムの腹を蹴り飛ばす。

 老婆は軽々と吹き飛び、絨毯を転がりながら壁に激突して動かなくなる。

「メルル、今のうちに部屋を出るぞ」

 手を引っ張って出ようとすると、太腿が高熱を発した後に激痛を伝える。

 いつの間にか近づいたアスコムの爪が深く突き刺さっていた。

 引き抜かれた途端、傷口から流れる血と一緒に体力も奪われて膝をつく。

「そのシャルクは置いていきな。さぁこっちに来るんだ」

 アスコムはトドメも刺さずに、メルルを引き寄せると、また自らのうなじに手を伸ばした。

「早くしないと、この老いた体が朽ちる前に」

「くそ、メルル!」

  脂汗を浮かべたディアスは太腿の傷を抑えながら立ちあがろうとするが、激痛が足枷となって上手くいかない。

 そんな中、部屋の出入り口に大きな人影が現れ、三人の目が一斉に注がれる。


 アスコムの部屋にディアスが乱入する少し前、仕事を終えたトーラとネノは一足先に帰ってきていた。

「クラウンは置いてきてよかったの?」

 着替えながらネノが問いかける。

 既に着替えを終えたトーラは乱れたネノの髪を梳きながら答えた。

「大丈夫よ。それよりも院長一人の方が心配だわ」

「院長もそろそろ体が限界だからね……ふぁ〜あぁ」

 大量殺人を行った充実感と疲労感からか、ネノは大きなあくびをした。

「ネノ。貴女は先に休んでいなさい。院長の方は私が見てくるわ」

「よろしく〜」

 ネノが部屋に向かったのを見届けると、トーラは戸締りを確認してから院長の部屋へ向かうことにした。

 今頃院長は唯一の邪魔者であるディアスを殺し、メルルの体を奪っているに違いない。

 明日から、見た目だけ歳下のシャルクと指示を受けるのかと思うと、どうしても可笑しい気持ちが込み上げてしまう。

 正面玄関の扉の施錠を確認した時だった。

 微かな鉄鋲の足音の後にドアがノックされる。こんな夜更けに何者と、動揺を隠して対応する。

「申し訳ありません。今日の診察時間は終了しています。それとも宿無しの方ですか?」

 扉越しに老人の声が耳に届く。

「ここに客人を迎えにきた。扉を開けてもらおう」

 静かだが威圧感のある声音。トーラの頭が危険を告げる。

「客人は来ておりません。申し訳ありませんが何かの間違いではないでしょうか」

「この館にディアスという男とメルルというシャルクの女がいるのは分かっている」

「いいえ。そのような方々はこちらには来て––」

「アルフェから全て聞いている」

 トーラは言葉を飲み込んだ。

「開けなければ扉を破る。そして抵抗する輩は太陽神の名にかけて排除する!」

 話半分に扉から離れ、ネノの元へ向かおうとするが、扉はあっけなく破られた。

 揃いの鎧を付けた騎士達に囲まれる。

 館の至る所でガラスが割れる音。玄関だけでなく窓からも騎士達が侵入し、ネノが向かったはずの階段を登っていく」

「抵抗したら殺して構わん」

 そう言いながら入ってきたのは太陽の紋章が描かれたサーコートを纏う老年の騎士。

 ハルバードを肩に担ぎ、一目散に階段を登っていく。

 院長の所へ向かうのは明白。

 トーラは一瞬の隙をついて包囲を突破すると、地下室に入り、竜の髭の弩を左腕に装着し、追いかけてきた騎士の一人に太矢をお見舞いした。

 二の矢を違える間に囲まれ、構わず次弾を発射するが盾に阻まれる。

「この女の弩は危険だ。油断するな! 一斉にかかるんだ!」

   騎士達は牛歩のように距離を詰めてくる。トーラが三発目を発射するのと、騎士達が槌を振り上げて突撃してくるのは、ほぼ同時だった。


 ネノは眠気と闘いながら自室に向かっていた。

 その耳に喧騒が聞こえてくる。階段を登ってくる重々しい足音。

 振り向くと全身に鎧を纏った騎士達が近づいてくる。

「動くな。その場に膝をつけ」

「なに? 何あんたたち、なんなのよ」

 ネノが武器を持ってないのを見ると、彼女を拘束しようと腕を伸ばしてきた。

 その時、幼少期の記憶が蘇り、恐怖に支配されたネノは騎士の一人の指に噛み付く。

 振り解かれると同時に指を噛みちぎる。

 ネノは壁に突き飛ばされるが、指を咥えたまま背中を向けて逃げ出す。

 そんな彼女の後頭部に、容赦なくメイスが振り下ろされた。

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