第二章 第11話
アルフェを誘い出してたクラウンは、少し遅れて衛兵隊宿舎に到着した。
内心焦りながら、屋根伝いに宿舎最上階へ。
ネノの竜毒蛾は短時間で大量の人間を殺せる。しかし加減が効かない。範囲内に入れば敵味方関係なく命を奪う。
だからスパルツォを助けるには迅速な行動が必要だった。
本当は誰かに協力を仰ぎたかったが、アスコム達にバレないように動くには、一人で行動するしか手が思い浮かばなかったのだ。
更にメルルも院長に狙われている。二人が無事に夜を過ごし朝日を拝めるのか。
なんて、この町に来てチルヌアを埋め込まれてから、考えたことも無い事だった。
宿舎の窓を破壊して中に入ると、至る所に肉の塊が転がり、吐き出した絵の具が壁ならず天井まで染めている。
死体の中には月の使徒の印が刻まれている者もいた。
鮮血の宿舎の部屋をしらみ潰しにスパルツォの姿を求める。
途中、生きていた衛兵と遭遇した。
この状況でも武器を向けてきたので、すれ違いざまに短剣で首を斬る。
階段を降りて廊下を進もうとすると、天井を飛び過ぎる掌もありそうな毒蛾。
咄嗟に階段上に避難すると、さっきまでいた場所に毒の粉雪が積もる。
竜毒蛾はクラウンに気づいた風もなく、宿舎内を飛び回っている。悪態をつく暇も惜しく、探索を再開した。
おかしい。宿舎内はほぼ見回した。スパルツォがいない。訓練所は無人。留置所や厩舎には罪人や馬の死骸だけ。
もし巡回か何かで留守にしていても、これだけの騒ぎならすぐに駆けつけてくるはずなのに、その気配もない。
やはり宿舎かともう一度戻ってきたものの、手掛かりは何も見つからない。
もはやなりふり構わず、隠れるところのない遺体安置所まで捜索する。
誰もいないどころか、死体の姿もなかった。
戻ろうとすると、綺麗に掃除された床に乾燥した血の筋を発見する。
目で追うと、壁の一角で途切れている。
壁に掠れた血の指の跡を見つけ触ると、隠し扉は音もなく開く。
扉のレンガは薄く削られ、音を漏れないようにするためか厚めの布が貼り付けられていた。
その奥から漂う鉄錆の臭い。クラウンはここにいると確信して飛び込んだ。
階段を降りた先には狭い部屋を占有するように天蓋付きの大きなベッド。その隣には簡素な寝台があった。
簡素な寝台には裸の女性が横たわっていた。クラウンからは顔は見えないが、細かく痙攣する度に震える桃色の髪からスパルツォだと見当をつける。
侵入者に気づいたのか、天蓋から男が顔を見せる。
「誰だ? どうしてここにいる」
シルルマンの前掛けは、何をしているのか真っ赤に染まっていた。
「衛兵達は何をしているんだ。役立たずが」
苛立つ気持ちを隠すことなく、壁に立てかけていたエストックを手に取った。
「素晴らしい部位を手に入れた最良の日に水を差すな」
エストックの刃に映ったスパルツォが何をされたか知って、感情が噴火し勢いそのまま二振りの短剣を構えた。
「そんな短い得物がボクに届くと思うなよ」
以前剣を交えた事を覚えてないような物言いに、違和感を覚えたが関係ない。
手に持つ八重歯で醜悪な命を食い破るのみ。
シルルマンはスパルツォを盾にするようにクラウンと距離を空ける。
構えるエストックの刀身は二振りの短剣を繋げても長く、距離を詰めようとすれば、どうしても先制される。
だが、構えたまま攻撃してこないところを見ると、衛兵に紛れた月の使徒が助けてくれると思っているのかもしれない。
クラウンが一歩近づくと鋭い刺突が心臓に迫る。それをサイドステップで回避すると、瞳を狙う突きを身をかがめて避けた。
立ち上がる力をバネに、寝台を飛び越えて距離を詰めると、シルルマンは剣を自らの体に寄せる。
防御か三度目の攻撃か、動く前に短剣を振るう。
簡単に剣の腹で防がれるが、さして問題にならない。
何故ならクラウンの八重歯は、エストックの刃に深く食い込んでいる。
火花が散りながら、折れた切っ先に近い剣身が宙を舞って天蓋に突き刺さる。
「はっ?」
シルルマンは顎が外れたような表情を見せたが、それも一瞬の事でこちらの追撃に反応して剣を盾にした。
そしてまたエストックの剣身が短くなる。
クラウンは肉薄すると、空を斬るように腕を動かす。
エストックは次々と短くなり、折れた剣身が蝋燭の光を反射しながら辺りに飛び散る。
シルルマンは柄元だけになった剣を手放すと、素手を伸ばしてローブを掴もうとしてきた。
掴まれたら武器の有無に関係なく、こちらが負ける。
左腕を避けると同時に手首に向けて短剣を振り上げる。
シルルマンは腕を引き寄せてもまだ、自分の手首から先が無くなっていることに気づいていないようだった。
血を噴出する手首を見て初めて、潰れるように顔を歪めた。
苦しみ悶えるかと思ったが、不意打ち気味に顎を狙う掌底打。
速いが単純な動作だったので、腕を掴んで固定し、上から短剣を突き通す。
刺したまま傷口を広げるように前後に動かすと、裂けた筋肉と骨が空気に触れた。
シルルマンは、激痛のせいか、口から涎を垂らしながらも、膝を狙う蹴りを繰り出す。脛を切断したら、次は跳ねるように膝蹴り。
体を僅かに動かして躱し、受け身も取らずに倒れたシルルマンの膝に短剣を刺すと、関節に沿って刃を動かし、残り一本の足を体から切り離した。
「もう少しで、もう少しでムーケルデン様が、ボク達の神の封印を解く事ができるのに……」
自分の流す血の海に沈みながら、シルルマンは怨嗟の声と共に独り言を吐き出していた。
クラウンは天蓋を薄く開き、継ぎ接ぎだらけの見るに耐えない死体を発見する。
その死体の両目は見覚えのある桃色の瞳だった。
奥歯を噛み締め、隣の寝台に目を向ける。
改めて見ると、スパルツォは開ききった瞼から鉄色の涙を流し続けている。
涙は止まらず、桃色の髪と混じり合っていた。
スパルツォの口が動いている。
「……たい、き––い。し……た……ない」
クラウンは彼女の望みを叶えようと、首筋に刃を当てた。
剣身の冷たさに震える彼女が、自分の思いを伝えるように唇を動かした。
両手の短剣でスパルツォの望みを叶えると、壁の燭台を手に取り天蓋に向けて放る。
今まで無数の脂を吸い続けた布地は瞬く間に燃え広がり、中の継ぎ接ぎも炎に舐められていく。
「ああ、我が神の肉体が、肉体が失われてしまうぅぅぅ」
シルルマンは床を這いずり、燃える天蓋に頭から突っ込んでいた。
クラウンはそんな狂人に構う事なく、死体の山の宿舎を後にする。
宿舎が吐き出す炎を背に受けながら、領主の館に傷ついた百合を預けた。
衛兵隊宿舎は窓という窓から炎を吹き出している。その光景に民達は見守ることしかできなかった。
一方、近くの大通りにも野次馬が集まっている。
中心で倒れていたのは、矢で縫い止められたアルフェ。
悲しみも苦しみも感じさせない無表情な死体に回りは困惑の声をあげていた。
その人垣に近づく鉄鋲の足音。
野次馬は音に気づき、人垣は容易く二つに分かれた。
ハルバードを持ち先頭を進む老年の男が、アルフェを覗き込み、後ろの集団に静かに力強く指示を飛ばす。
「もはや一刻の猶予もない。全隊前進。邪魔するものは排除しろ」
「「はっ!」」
集団は足並みを揃えて進む。迷う事なく一直線に。




