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第二章 第9話 

「いい雰囲気じゃない」

 スパルツォは一人呟いて大きく伸びをする。クラウンとメルルの背中を見ていたら、ほんの少しだけ気分が晴れた。

 屋敷を振り返らず、通りの反対にある衛兵達宿舎へ向かう。

 両親が心配しているのもわかる。

 二人とも娘に無償の愛を注いでくれていたのは、幼い頃から感じていた。

 でも、心配してくれるのと、縛り付けるのは違う。

 今のスパルツォにとって二人の愛情は足枷でしかない。

 だが不仲なままも嫌なので、事件が解決したら謝ろうと心に決めた。

 この街も港があるおかげで活気があり人も多いが、それに比例するように犯罪も多い。

 その中で大きい事件は三つ。

 一昨日に起きた月の使徒の本部の襲撃事件。

 月の使徒の信者が殺される殺人事件。

 そして死体の一部が持ち去られる連続殺人事件。

 クラウン達には言わなかったが、本部が燃え落ちた事によって教祖も死亡し、月の使徒は壊滅したかに思えた。

 しかし、民からの目撃や捕まえた不審者に使徒の印が刻まれていたりして、完全には撲滅できてはいない。

 更に教団本部の襲撃事件にも気になる点があった。

 一つは火事で死んだ信者達。解剖によると気管や肺に火傷の跡がない。

 つまり、炎に巻かれる前に死んでいたという事だが、確認した限り外傷は見当たらなかったと報告を受けた。

 もう一つは教祖の死因。

 本部から逃げ出してすぐの場所で首を切断されていた。凶器と思われる斧は死体の傍に。

 これだけ見ると、月の使徒連続殺人犯の犯行だ。

 けれども犯人は今まで痕跡を何一つ残してこなかったのに、凶器を丸ごと残すなんて杜撰すぎて有り得ない。

「切り落とされた首も見つかってないし……」

 思考を中断する人影が視界を横切る。

 今立っている場所は宿舎の正面玄関の前。

 出入り口はここひとつだが、それ以外の場所から建物に入ったような気がした。

「今誰か入っていったかしら?」

「いいえ。副隊長以外は誰も」

 見張りの兵は何も見ていない。

 宿舎内に入り、人影が見えたところに行くと一階の窓があった。

 窓を確かめてみると、いつも施錠されている鍵が開いている。

「衛––」

 援軍を呼ぼうと思ったが思い留まる。賊が潜んでいるとしたら、声を出した途端逃げられてしまっては事件の解決が遠のく。

 ここに来るまでスパルツォは誰ともすれ違っていない。つまり来た方向とは反対側に移動したと思われる。

 歩き出すと、靴裏にナメクジを踏み潰したような感触。

 廊下に赤い液体が垂れていたので、触って臭いを確かめると、それは紛れもない血の臭い。

 もう間違いない。スパルツォはいつでもレイピアを抜けるように身構えると、血の跡を辿って人気のない宿舎を進む。

 忍足で歩いていると、蝶番が軋む音が聞こえてきた。

 覗き見ると、黒いローブが開けた扉の向こうに消える。

 扉が閉まってから部屋を確認すると、そこは遺体安置所。

 扉の下にはこぼれ落ちたばかりの血の道標。

 そこは他に行く所のない袋小路。最大限に警戒しながら中に入ると、死者はおろか生者の姿もない。

 月の使徒達の焼死体が安置されていたが、解剖は終わったので昨日のうちに埋葬は済ませていた。

 賊の姿を探して、血の跡を辿っていると、安置所の壁を指し示している。

 目の前には壁しかなく、一見すると人が入れるところは無さそうだが、指の先端によく似た血痕をレンガの壁から発見する。

 見つけた高揚感で、なんの疑いもせずに指を重ねると、招き入れるように、壁がゆっくりと開いた。

 隠し扉の階段を降りた先は小さな部屋だった。

 灯りは壁の蝋燭のみ。人が二人寝たらいっぱいっぱいの部屋には不釣り合いな豪奢なベッドがある。

 誰か寝ているようだが、天幕に覆われて誰か分からなかった。

 黒いローブを被った賊がベッドを見下ろしている。手に持った麻袋からはとめどなく血が滴っている。

 部屋の出入り口はひとつ。賊を追い詰めたスパルツォはレイピアをかまえる。

「武器を捨てて投降しなさい!」

 賊は顔を隠したまま、持っている麻袋を掲げる。

「その袋も床に置きなさい」

 スパルツォの指示に対して、壊れ物を扱うようにゆっくりと床に置く。

 開いた時に袋の口が開き、思わず覗き込んでしまった。

 中に入っていたのは、皮を剥がれた蛇のような腸。まだ新鮮さを示すように微かに湯気が立っている。

 その臭気に一瞬顔を顰めると、レイピアが引っ張られた。

 賊にローブで保護した手で剣を掴まれる。

 力の強さから勝てないと判断し、レイピアを手放し、腰のダガーに手を伸ばしたが、賊もレイピアを捨てて肉薄し両腕を伸ばしてきた。

 ダガーを持った右腕を引かれ、背中越しに投げられる。

 硬い床に背中を強打し、肺の空気が一気に口から逃げていく。

 何とか上体を起き上がらせたところで、後ろにしゃがんだ族に首を絞められる。

 背中の痛みで言うことを聞かない体に鞭打つも、抵抗虚しく意識は深海の如き闇の底へ。

「ちょっと手荒になってしまったが、無事素材は確保できたな」

 聞き覚えのある声だったが、認識する暇などなかった。

 抵抗虚しく、意識は深海の如き闇の底へ沈んでいく。 


 爪先から下腹部、そして肩を舐める冷気で目覚めた。

 灯りの届かない薄暗い天井に覚えはない。

 しかし隣の天蓋付きのベッド。そしてむせかえる血の匂いで自分がどこにいるか思い出す。

 自分が仰向けに寝かされていることに気づき、逃げ出そうとするも叶わない。

「––何これ?」

 両手両足が厚い革の拘束具でベッドの縁に拘束されている。

 更に体は産まれたままの姿で、胸も股間も剥き出しになっていた。

「目覚めたかい」

 首を巡らせるとシルルマンが軽薄な笑みを浮かべながら近づいてくる。

「隊長、貴方が、貴方がこんな事をしたのですか」

 もはや羞恥心は一切湧かず、代わりに恐怖心が滲み出てきた。

「ボク達はね。子供の頃、死の淵を彷徨った」

 両手を広げるシルルマンの突然の独白を、ただ聞くことしかできない。

「二人で見たのさ。ムーケルデン様の復活方法を。で、傭兵家業で稼いだ金と実力で衛兵隊長になり、宿舎に隠し部屋を作った」

 一人語りしていたシルルマンが突然涙を流す。

「でも()()()()()は死んだ。殺されてしまった。とても悲しいけれど、計画を実行するのが最優先。だから一人で残りの部位を集めた。彼も喜んでいるよ」

「ひっ」

 太矢の刺さった()()()()()の生首を見て、我慢していた悲鳴がついに漏れてしまう。

「さて、もう演技は必要ないね。ボクはキユユマン。シルルマンの双子の弟だよ」

 生首と同じ顔がスパルツォを見下ろす。

 スパルツォの桃色の瞳が、目の前の光景を現実として認識できず、何度も往復した。

「わ、私をどうする気、なの?」

「鈍いなぁ。聡明だと思ったのに。君もムーケルデン様の一部になるんだ」

 シルルマンに化けていたキユユマンは、天蓋を開いてみせた。

 寝ていた人物を見て悲鳴も上がらない。

 そこにいたのは一人だが、男であり女だった。

 股間に生えた男性の証、しかし腰は折れそうなほどくびれ、胸部は男性と女性の特徴が半々。

 眼窩は真っ暗な闇を湛え、頭皮はなく、筋肉が剥き出しになっている。

「そろそろ、お喋りはおしまい」

 生首を置いたキユユマンに、頭を動かないように固定された。それだけでなく瞼も開いたまま固定されてしまう。

「君の瞳はとても美しい。ムーケルデン様の体に相応しい瞳だよ」

 目の前に迫る爪のような器具。スパルツォは喉から血が出るほど叫び続け、必死に逃れようと体を動かす。

 その成果は拘束された手足が裂けて血が出るだけだった。

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