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第二章 第8話 

「いってきま〜す!」

「メルル様。お気をつけて」

「……二人とも楽しんできてね」

 アルフェと目の下にクマができたトーラに見送られ、クラウンとメルルはミセロテ療養院の門を出た。

「それで、何処か行きたいところはあるの」

「街全体見てみたいけれど、やっぱ一番はアレ!」

  診療院を出てすぐにメルルが指差したのは、街の何処からで見える二体の石像だ。

「じゃあ、港の石像に向かいながら、色々紹介していくよ。ついてきて」

 車椅子の車輪を転がしながら先導する。

 ミセロテ療養院が良い影響を与えているおかげで、車椅子でも街歩きに支障は少ない。

 もちろん全くないわけではないが、大通りまでは問題なく行くことができるし、引っかかるところはメルルが手伝ってくれる。

「ここが街の門から港までを貫く大通り」

 人が五人並んでも余裕ある道の真ん中には、シャイラーオ教団を布教する説法師がいて、通りの左右には住居兼店舗が軒を連ねる。

 メルルは歩くたびに首を右、左と降って危なっかしいので、先頭を進んだ。

「鍛冶屋にパン屋。クラウン。あの黒い槍はなに?」

 メルルが指差したのは、布を巻きつけた細い棒を売る店だ。

 丁度よく、雲は移動を始め陽射しが大通りを照らし出す。

「あのお客さんを見てなよ」

 一人の女性が布を巻きつけた棒を買うと、天に穂先を向け黒い花を咲かせた。

「なにあれ、布がバッて勢いよく開いたよ」

「傘だよ。陽射しを避けたり雨で濡れないようにする為の道具」

「へえ〜」

「一本買ってく?」

「ううん。メルルお日様浴びるの大好きだし、雨に濡れるのも嫌いじゃないから。クラウンはいらないの」

「僕も必要ないかな」

「じゃあ次はあれ見に行こう。透明な鳥がいるところ」

  ガラス細工に目を輝かせるメルルを見ていると、見慣れた自分でも新鮮な驚きと感動を覚えてしまう。

「あれ、お店なくなっちゃった」

「街の中央だからね」

 大通りの左右から店は消え、代わりに二つの大きな建物が現れる。

「南東にある建物は、この街を治めるディアーノ家のお屋敷」

「ディアーノ、確かスパルツォもディアーノって名乗ってた」

「彼女はディアーノ家の一人娘なんだ。それで北東の建物が––」

「兵隊さんの建物でしょ」

「うん。衛兵隊宿舎。街の衛兵達が寝泊まりしているんだ」

「宿舎の奥はなんか寂しくて薄暗いね」

 メルルが気になったのは、今にも朽ちそうな木造の建物群と力無く座り込んだ人々。

「あっちは貧民街だから行かない方がいい。犯罪者も平気な顔して潜んでて、命の補償はできないよ」

「みんな幸せにはなれないのかな」

「そんな事できるのは神だけだろうね。ほら石像見に行こう」

「うん」

 港に行こうとすると、ディアーノ家の館の門が大きな音を立てた。

 見ると、桃色の髪の女性が大股で歩きながら出てくる。

 眉を吊り上げているところからも、今は話しかけない方がいいと判断したが、メルルが元気よく手を振ってしまった。

「スバルツォー! こっちこっち」

「えっ、あら貴女、メルルさんと……クラウン。二人で何してるの?」

「彼女に街を案内してるんだ」

遠慮がちなクラウンと対照的にメルルは積極的だった。

「スパルツォ。いい匂いするね。お花の匂いかな?」

「きっと庭に咲いている百合の花ね」

 スパルツォは自分では分からないらしく、何度か匂いを嗅ぐ仕草をする。

 門の隙間から見ると、ディアーノ家の庭は純白に染まる絨毯のように、白百合の花が咲き誇っている。

「百合は家の紋章だから。代々大切に育てられているのよ……」

 スパルツォの百合を見る目には、どこか苛立ちを感じられた。

「両親と喧嘩でもしたの」

「前から言われてたんだけど、最近物騒だから衛兵を辞めろって。今日なんて巡回中に呼びつけるんだもの」

 メルルが話に割り込む。

「でも月の使徒っていうのは滅んだんでしょ?」

「ええ。信者の姿は見当たらないんだけど、同一犯と思われる殺人事件は続いている。それに先日の現場で感じた疑問は払拭できないし––」

 スパルツォは、考え込むように顎に手をやるがメルルの言葉で我に帰る。

「疑問って、なんの事?」

「気にしないで、こっちの事だから。二人は街の探索を楽しんでね」

「うん!」

 街の中央を過ぎると、大通りの左右には簡素な屋台が並んでいる。

 どこも活気に満ち溢れ、騒々しさは港に近づくほど大きくなっていく。

 屋台は殆ど食べ物屋、焼き魚焼き串の香ばしい匂い。ある屋台では生牡蠣を提供していてかけられた柑橘類のさっぱりとした匂いが漂ってくる。

 買い食いしている人々を見ていると、胃袋が動くような錯覚を覚える。

 隣を歩いていたメルルは限界だったようだ。

「お腹すいた」

「何か食べる」

「メルル、お金持ってない」

「僕が払うから、好きなの選びなよ」

「いいの! じゃあ……これがいい」

 通りの真ん中で風見鶏のように回って、ある屋台を示した。

 メルルは買ってもらったものに、口を大きく開けてかぶりつく。

「あ〜む、んひゅ〜ほいひい〜」

 メルルは、ほっぺをリスのように膨らませる。何を言ってるか分からないが、美味しいのは伝わってきた。

 メルルが選んだのは、鳥の一枚肉のサンドイッチ。

 高温で焼き上げた鶏肉を甘辛のソースに浸しパンに挟む。

 食欲誘う香りに抗えずに一口食べれば、プリッとした食感の内側から溢れる肉汁がソースと混ざり合い、食べる手が止まらなくなるような一品だ。

「美味しかったー」

 最後の一口まで逃すまいと、口の端についたソースを指で舐めとっている。

 クラウンの懐は寂しくなったが、満足気なメルルの笑顔を見て、心の内が温かく満たされるのを覚えた。

 最終目的地の港は今日も沢山の船が停泊し、一昨日の凄惨な火事があったとは思えないほど、人々は賑やかに忙しく巨大な屋台の石像の間を動き回っている。

「近くで見ると本当おっきい〜。よく見ると、二人は違う人?」

「うん。大きいから気づかない人多いけど、リボータルとアトラードの像なんだ。二つの種族の友好と勝利を願って」

「それってチュムラ・トスミナズィの戦いの事かな」

「多分そんな名前」

 一通り石像を見回したメルルは、海の方に視線を移す。

 見つめる海から吹く潮風が、プラチナブロンドの髪を大きく揺らす。

 また踊り子達を見ていると、メルルは突然カバンから大きな本を取り出した。

「メルルね、大きな目標があるんだ」

 本を開き、中に描かれた地図の一頁を見せてくる。

「世界中を回ったら最後に、この渦潮の島に行きたいの」

 渦潮の島、聞いた事がある。斧の大陸と剣の大陸の間にはまるで刃が欠けたような無数の小島が浮かんでいる。

 その一つに大きな渦潮に囲われた島がある。

 島には渦潮で外から近づく事はできないが、渦潮から未知の製法で作られた剣などが流れ着いてくる事があるらしい。

「メルルの尊敬するティサオン様は、そこに向かったまま消息不明なの。でもきっと生きてる。渦潮の島で待ってると思うんだ。だから一刻も早く会いに行きたい!」

 今にも泳いでいきそうな雰囲気に、クラウンは引っかかることを覚えた。

「メルルは不老不死なんだから、ゆっくり世界を見て回りなよ」

「メルル、声の巫女に選ばれたから、百年くらいしか生きられない」

「百年って、後どれくらい?」

「細かくは分からないけれど、あと数年かな?」

 数年、その言葉に動揺する魂を必死に抑え込んだ。

 メルルの目標を聞き終えた頃には、もう夕方近く。夜になると治安が悪くなるので帰る事にする。

「あっちの方は明るい建物多いね」

「歓楽街。船乗り達がよく利用する酒場や娼館があるよ」

「娼館!」

 メルルが一番縁のなさそうな建物に食いついた。

「娼館ってところ行ってみたいな」

「いや駄目だよ」

「なんで」

「行っても楽しい事ないよ」

「クラウンは行ったことあるの?」

「ない」

「じゃあ二人で行ってみようよ」

「駄目。行ったことないけど、僕はどんな所か知ってて全然面白くないから。早く帰るよ」

「はーい。そんな怒らなくてもいいのに」

 メルルは名残惜しそうに娼館の方へ視線を何度か送っていた。

「あれ、クラウン顔真っ赤」

「うるさい」

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