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第二章 第5話 

 部屋に戻ってからは特にすることもなく、車椅子から下半身を引き摺るようにベッドに移動して服のまま寝転がる。

 目を閉じても中々寝つけない。原因は開け放したカーテンから差し込む陽の光ではなく、瞼の裏に浮かぶシャルクの少女のせいだ。

 あんな人馴れした子犬のように、距離を詰めてくる人間に遭遇するなんて初めてのことだった。

 人付き合いの苦手な自分とは一生相容れない。

 だから忘れる事にした。過ぎた事は忘れるに限るという言葉もある。

 呼ばれるのは日の入りしてから。時を告げる鐘が鳴るまで寝てられる。

 安穏とした夢の世界の扉は一向に現れずに、メルルの嬉しそうな表情や悲しそうな表情が脳内で掻き回されていた。

 何度目かのノックで、少女の形をした泥に捕まり、底なし沼に引き摺り込まれそうになる夢から覚める。

 そんな悪夢から解放してくれたノックは今も続いていた。

「トーラ?」

 脳みそを葡萄酒漬けにされたような倦怠感のまま返事をすると、ドアが開く。

「クラウン。そろそろ時間よ。やだ。服を着たまま寝ていたの」

「だってやる事なかったから。何かあった」

「寝ぼけてないの。もう晩餐の時間よ」

「嘘、鐘の音は聞こえなかったけど……本当だ」

 開け放しの窓から覗く空はインクをこぼしたように真っ暗になっていた。

「早く着替えて。手伝うから」

 トーラの右手に手伝ってもらいながら真新しい服に着替えて食堂の扉を開けた途端、熱気に歓迎される。

 夜で気温が下がったからだろうか、食堂の暖炉に火が灯されていた。

「院長。遅くなりました」

 クラウンの背後でトーラが頭を下げる気配を感じた。

「客人を待たせるんじゃない。早く席にお着き」

 アスコムに言われて所定の席に着く。向かい合わせにメルルがいて朝の事を思い出し、一気に気まずくなる。

 隣の大男はどこか険しい顔つきをしていて、メイド服の女性は、まるでそこが定位置というように扉の傍に佇んでいた。

 アスコムは客人達に愛想の良い笑みを浮かべる。

「お待たせしてごめんなさいね。まずは自己紹介をしましょうか」

「では俺達から……」

 招かれた客である大男改めディアス達が先に自己紹介を終えた。

「じゃあ次は私たちの番––」

 アスコムの言葉をディアスが遮る。

「ちょっといいですか」

 立ち上がったディアスの言葉は、今にも鎖から解き放たれる猟犬のような警戒心を孕んでいた。

「俺達を保護し、寝床だけでなく、こんな豪華な食事まで用意してくれた訳を教えてほしい」

 理由如何によっては、今すぐ館を出ていきそうな雰囲気だがアスコムは呑まれなかった。

「ディアスさん。まずはお座りください。私が貴方達を保護した理由は純粋に助けたいと思ったからです」

「助けたい、ですか」

「昨日の捕物が起きる直前、メルルさんとぶつかってしまいました。その時初めて顔を見て、以前ここで世話をしていた娘にそっくりだったんです。ねえクラウン」

 取り敢えず同意のために頷くと、ディアスは肩の荷が降りたように息を吐いた。

「そういう理由でしたか。何か裏があると疑ってしまい申し訳ありませんでした」

「いえいえ。貴方達は旅のお方。なんでも間に受けるより、疑いを持った方が無用なトラブルは避けられるというもの。気にしていませんよ」

 アスコムに促され、ディアスはやっと自分の席に着く。表情から懸念が晴れ、目の前の料理に釘付けになっているように見える。

 改めてアスコムの自己紹介が行われた。

「私はミセロテ療養院院長アスコム。本館では、私以外に長い療養が必要な子供達が住んでいて、私にとって息子、娘みたいなものなのよ」

 視線で次に紹介する人物に誘導する。

「彼はクラウン。その隣のトーラはもう知ってるわね。もう一人ネノという子もいるの。でも彼女は部屋から出る事が出来なくて。貴方達に挨拶出来なくて申し訳ないと言っていたわ」

 ディアスが答える。

「俺達は全く気にしていません」

「そう言ってくれるとネノの気も晴れるわ。じゃあ食事にしましょうか」

 テーブルの上には豪華な食事が所狭しと置かれている。食事時の給仕はいつもトーラの仕事だったが、今日は恐ろしいほど無表情なアルフェが担当していた。

 テーブルに座っている客人はメルルとディアスだけでアルフェは疲れを見せる気配なく、黙々と料理を切り分け、テキパキと葡萄酒のおかわりを注いでいた。

「アルフェさん。客として招いたのに給仕をしてもらってありがとうね」

 新しい葡萄酒を貰ったアスコムが礼を述べる。

「いいえ。私はマギゼル。飲食はできない体です、何もしていないよりはこちらの方が気が楽なのです」

 口を動かさないで喋っているが、人形と知れば違和感は感じない。

「そう言ってくれるとこちらも助かるわ。トーラには負担ばかりかけてしまっているからね。骨休みができて良かったね」

 アスコムはアルフェからトーラに視線を向けた。

「はい。とても助かっています。アルフェさん。何か分からないことがあったら遠慮なく仰ってね」

「ありがとうございます。早速ですが、葡萄酒の補充をしたいのですが」

「それなら地下の貯蔵庫にあるわ。案内してきます」

 トーラはアスコムに一言断りを入れて、アルフェと共に食堂を出た。

 葡萄酒を補充させた原因はディアスだった。

「プハッー。うめえなぁ」

 先ほど、この晩餐が罠ではないかと疑ってかかっていた彼が、この場を一番楽しんでいるようだ。

 料理に舌鼓を打ちながら、杯を空にしてはお代わりをもらい、また空にしてはお代わりを頼むを繰り返していた。

 アルフェがいなくなってからは、片手にゴブレットを持ち手酌で呑み続けている。

「アスコム院長。いい酒ですね。悪酔いもせず無限に飲めてしまいそうだ」

「気に入ってくれて嬉しいわ。まだまだ在庫は沢山ありますので、満足するまで呑んでいってください」

 ディアスは礼を言う代わりに杯を掲げ、その中身を飲み干す。

 宴会を楽しむディアスと対照的にら隣のメルルは影に飲み込まれそうなほど暗い雰囲気だった。

 気にしまいとしていたが、どうしても視界の端に映ってしまい、食事に集中できない。

 モヤモヤした気持ちを晴らすためと自分に言い聞かせ声をかけようとしたところで、アスコムに先を越されてしまった。

「メルルさん。食事がお口に合わなかったかね」

 メルルは首を左右に振るばかり。

 アスコムは真珠のイヤリングを揺らしながら次の言葉を待っていたが、先に痺れを切らす。

「そうかい。もし不満があるなら言っておくれ。すぐ対応するからね」

 やはり何も言わずに小さく頷いた。

 クラウンは、メルルが視線を送っていたことに気づいていたが無視していた。

 新しい葡萄酒を持ってきたトーラ達が戻ってくると歓喜したのはディアス一人だけ。

「やっと来た。アルフェ、すぐに注いでくれ。さっきから喉が渇いてしょうがない」

 アルフェ達と入れ替わりに、メルルが立ち上がると、この館の主人アスコムに頭を下げた。

「ごめんなさい。メルル、調子が悪いので部屋に戻ります。今日は晩餐会に誘ってくれてありがとうございました」

 アスコムは嫌な顔せず、微笑みで応える。

「そうかい。じゃあゆっくり休んでおくれ。トーラ付き添ってあげなさい」

 トーラに促されたメルルは去り際にクラウンの方を一瞥してから出ていった。

 晩餐会は終始ご機嫌なディアスの独壇場だった。遂には一人語りを始めたところで酔い潰れ、アルフェに介抱されたところでお開きになった。

 客人達が退室し、食器類も片付けられたところで、アスコムが硬い口調で告げる。

「近日入る予定の仕事が、先ほど今夜に決まった。トーラはネノに伝えて準備をしておくれ」

 クラウンとトーラは頷き、それぞれの自室に戻る。

 自室に戻ったクラウンは月明かりを浴びながら、車椅子から自らの足を使って立ち上がった。

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