第96話 覚悟
ギュンターとジャックの始めの一刀は鍔迫り合いからだった。
ジャックが一歩引き、剣を上段下段と切りつける。それを冷静にギュンターは剣で打ち返す。その剣と剣がぶつかり合う衝撃で、周りに嵐のような風が吹き荒れる。
「フン!!」
ギュンターはジャックの力の入った上段の大振りを受けると見せかけ、受け流し、大振りで隙を作ったジャックの首目掛け剣を振るが、ジャックはそれを反応で避け、首には当たらず、頬をかすったにとどまった。
「ぐっ!! 流石だな!ギュンター!! 受け流しからの一閃、昔から得意だったよな!!」
シリウスは頬から血を流し、楽しそうに話す。
「その首、貰ったぁぁぁ!!!」
ギュンターの後ろから剣を振りかぶった帝国兵が襲い掛かってきた。
しかし、その剣は振り下ろされることなく、バスン!と鈍い音と共に、顔の真ん中部分がえぐり取られ地面に伏せた。
「俺とギュンターの戦いに水を差すなよ」
ジャックはおよそ仲間に向けるべきではない鬼のような形相で帝国兵を一喝すると仲間であるはずの帝国兵が顔を青ざめる。
「何もかも変わったなお前は。昔はあんなに仲間思いの奴だったのに……」
「ははっ! お前がそれを言うかよ? お前だって裏切る奴じゃなかったのによぉ」
二人がにらみ合っていると、後ろから砂埃を巻き上げ、突進してくる部隊が見えた。それらは帝国兵の悲鳴を連れてこちらに近づいてくる。
「ペドロヴィア上級騎士! ご無事でしたか!」
先頭を駆けてきたユージンはギュンターに笑顔で声を掛ける。
「ああ! 大丈夫だ! 君らも無事だったか!」
「はい! しかし、数では此方が圧倒的不利! まだまだですよ!」
戦闘が始まって結構時間が経つ。先頭集団にいたユージンはその間ずっと戦いっぱなしであったが、疲れた素振りも見せていない。
「おいおい。何なんだ? お前たちは? 少しは空気を呼んでくれよぉ。せっかくの旧友の再会だっていうのにさぁ。 しらけるだろ?」
シリウスは部下がやられているにも関わらずあっけらかんとしている。
「お前は……」
ユージンは貫くような視線でジャックを見る。黒く長いぼさぼさの髪に青い鎧、そして双頭の鷲が描かれている赤いマント。ユージンは目の前にいるやつこそが、父親、スタンリー・デフォーの仇だと確信した瞬間に剣を抜きジャックに切りかかる。
「父上のかたきぃぃぃ!!!」
威勢よく飛び出したユージンの剣は、ジャックに届く前に、飛び出してきた帝国兵士剣により遮られる。
「邪魔だ! どけ!」
ユージンは力任せに押し切ろうとし、力を入れた瞬間、相手は力を抜いた。するとユージンは前にバランスを崩す。そこに帝国兵の拳がユージンの頬を捉え、殴り飛ばされた。
「ぐっ!」
吹き飛ばされたユージンをベルフィア兵が抱きかかえる。
「将軍の戦いを邪魔するな。大人しくしていろ」
「そうだミネルバ。邪魔が入らないように常に周りを警戒していろ」
「はっ!」
ユージンを殴り飛ばした帝国兵は、全身をフルプレートの鎧で身を包んでおり、兜で顔は見えなかった。身長も平均的で背格好からでは男性か女性か判断つかない。しかし、その鈴のような高い声で彼女が女性だと判断出来た。
「さぁ、ギュンター。勝負の続きをしよう! もちろん一対一だ。 後ろにいるお前の兵にも邪魔しないように言ってくれ」
この状況は数で劣るベルフィア側には願ったりである。この一騎討ちでジャックを討てれば数の不利を覆すことが出来る。受けないメリットはない。
「分かった、受けて立とう。 お前も兵を動かしたりするなよ?」
ギュンターが承諾した瞬間、ユージンはありえない物を見たような、信じられないというような顔をした。
(すまない、ユージン君。君の仇を討ちたい気持は分かる。しかし、今はこの戦況を少しでも有利に持ち込み、坊ちゃまのために全力を尽くすのが先決。分かってくれ……)
「心配するな。大丈夫だ、ギュンター。 帝国において将軍の命令は絶対だ。お前もよく知っているだろう?」
「ああ……そうだったな」
二人は剣を構える。周りにいる兵たちはもはや観客となり、固唾を呑み見守っている。
先に動き出したのはジャックだった。全身に大量の魔力を流し、魔力駆動を越えて身体能力を上げられる技、増力魔力駆動の超スピードでギュンターに迫った。
この増力魔力駆動はその名の如く、魔力駆動を強化した業だ。その分デメリットである体力の消費も、魔力駆動とは比較にならないくらい消費するため、自由自在にこれを扱えるのは、アルスマーナでもごく一部の実力者のみ。
ジャックは、右手に持っていた剣を振り下ろす。それをギュンターは左に避けると、がら空きになった体に剣を振ろうとするが、それを読んでいたのか、ジャックは左手から空間食いを発動し、ギュンターの動きを阻害する。
剣での激しい戦闘の中、ジャックは、至近距離で空間食いを放つ。それをギュンターは紙一重で避けてカウンターを狙っていくが、ジャックもまたギュンターの狙いが分かっている為、そう易々と決まらない。
純粋な剣術とスピードならギュンターに軍配が上がるものの、それを打ち消すほどのジャックの空間食いによる手数。
戦闘はほぼ互角に見られたが、触れれば一撃で戦闘不能に追い込める空間食いを警戒し続けなければならないギュンターは、次第に集中力が切れていき、徐々にジャックの剣に対して反応が遅れていく。
「ギュンター!! どうしたんだギュンター!! お前の!! 力は!! そんなものではないだろう!?」
「ぐぅぅ!!」
ジャックは一言一言に力と思いを込めて剣を振る。その剣の重みと、ジャックの血気迫る思いに気圧されているのはギュンターだった。
「そんな……あのペドロヴィア上級騎士が押されている……」
ベンセレムの兵士たちの記憶にあるのは強く勇ましいギュンターの姿である。その勇猛果敢なギュンターが戦闘で押されているという事実に、ベンセレム兵達はショックを隠せなかった。
(まさかあのジャックがこれほどまでに強くなるとは……)
ギュンターの脳裏に浮かぶのは訓練で半ベソをかくジャック。
一騎打ちでいつも負けて地面に這いつくばるジャック。
初陣の恐怖で小便を漏らすジャックであった。
ギュンターは無意識に油断、いや、純粋にジャックを下に見ていた。この戦いも昔のように自分が勝てると高を括っていた。しかし、今、目の前に対峙しているのは、昔の弱く非力なジャックではなく、数多の戦場を潜り抜け、皇帝からも信頼を勝ち取った、列記とした帝国最強の軍人の一人である将軍だ。
(そうか……そうだよな……)
それを自覚した時、ギュンターの表情が明確に変わった。さっきまではこの戦争の行く末やフィンゼルの事で頭がいっぱいだったギュンターだったが、目の前に立つ者が強敵だと判断し、脳のリソース全てを戦闘に割き、全力で迎え撃つと決めた覚悟ある顔だった。
「ふん!」
ギュンターはジャックの重い一撃を受け止めると、地面が割れ、ギュンターの足は地面にめり込んでいく。しかし、踏ん張ったそれを先ほどと比べ物にならないほどの力ではじき返し、ジャックを仰け反らせる。
「そう! それで良いんだよ!! ギュンター!!!」
顔つきが変わったギュンターを、ジャックは笑顔で向かい入れた。
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