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第83話 出陣

「さぁ。我々も移動しますぞ」


 老騎士は俺たちについてこいと手招きする。

 しかし、この老騎士は見た目60代半ばを超えているように見える。正直戦えるか怪しい。


 いや、そんなこと言ったらギュンターも確か40代半ばだったよな?この世界の騎士はそれくらいの年齢でもフィジカルを落とすことなく高水準で戦闘を行えるのかもしれない。これも魔法の恩恵か?


「そういえば、ヘストロアでは見ない顔ね。どこの騎士なの?」


 エマは老騎士に視線を向ける。

 そういえばここいるのはヘストロアの騎士だけでなく、他の領地から応援に来ている騎士もいるんだったな。


「おおっと! これは自己紹介が遅くなり申し訳ない! ワシはジョシュア・サミュエル・アマハルト公爵家に仕える騎士! ベルフ・オルフである!」


 老騎士ベルフ・オルフはよくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張って高らかに言い放つ。


 アマハルト……どこかで聞いたことあるような……。


「アマハルト家は、ヘストロアと肩を並べる王国4大公爵家の一つですね。それにベルフと言ったらアマハルト家最古参の騎士で数々の戦場を経験している猛者と聞き及んでおりますよ」


 カトレアが俺のために―――かどうかは分からないが、補足してくれた。4大貴族だったのか……。道理で聞き覚えがあるはずだ。


「4大貴族の名前くらい覚えておきなさいよ……」


 俺がアマハルト家の名前にピンと来ていなかったのが分かったのか、エマに呆れ顔で小言を言われる。


 貴族の名前とか似たような名前が多くて覚えられないんだよな。人の噂や又聞きでは限界がある。そもそもここで冒険者として暮らしている分には、貴族社会などあってないようなものだ。


「おっと、いかん。グズグズしていたら門が開いてしまいますぞ。ワシ達も移動しましょう」


 そう言って連れてこられたのは、兵士が管理する馬小屋だ。

 そこには4頭の馬が用意してあった。どれも俺たちの為に用意してくれたかのような、屈強な馬達だ。


 ま、貴族が徒歩で戦争とか格好が付かないし、ここはありがたく頂戴しておこう。


 俺は黒の馬に、エマは白、カトレアは茶色、そして最後に余った灰色の馬にベルフが跨る。


 そこからは馬に乗り移動した。兵士たちを追い越し、北門に向かってどんどん進んでいくと、とうとう軍の先頭に躍り出てしまった。


「ここ先頭だよな……? 中央って話じゃなかったか?」

「わっはっは! 我らが大将が、初めから中央に隠れていたら敵にも侮られますぞ! ここは開門一番に飛び出して貰わなくてわな!」


 豪快に笑いながら話すベルフ。


「大将?だれが?」


 そうすっとボケると、俺の頭にゴツンと鈍い痛みが走る。

 横を見ると、エマが杖を構え、ジト目でこちらを見ていた。


「ここはベルフィア領で、あなたはベルフィア領当主の息子でしょう? 当主本人がいない今、暫定とはいえ次期当主であるあなた以外、大将は務まらないわ」

 

 さすがの俺も、この戦いに参加すると決めた段階で、大将に担ぎ上げられるんじゃないかと思っていた。その覚悟はあったし、実際そのつもりだったが、いざ大将という大役に着くとなると、尻込みしてしまう。


 大将とはつまりこの戦いの総責任者。例えばこの戦争に敗れた場合、その責任は全て俺に降りかかってしまう。


 前世では仕事の役不足に不満を持っていたが、これはこれで役が重すぎる、自分の力不足を疑わずにいられない。


 前世では高卒で工場勤務。この世界に来ても好き勝手にやっていただけだ。そんな俺がいきなり戦争の総責任者……。この先必ず死人が出るだろう、その全ての責任を背負わなければならない。そう考えると、自分の足が(すく)むのが分かった。


「あれこれ考えないでいいわ。あなたは自分のできること、やるべきことをやりなさい。自分でこの戦いに参加すると決めたんでしょう? それならそれを突き通しなさい。ここには私もカトレアもシリウスもギュンターもいる。みんなあなたを支えるわ。自分一人で抱え込まなくてもいいのよ……」

「そうですよ、フィンゼル様。ここにいる全ての兵士はあなた様の戦争参加に感銘を受けております。それだけ現当主のご子息であるフィンゼル様が前線に立つというのは特別と言うことです。例えここにベルフィアの騎士が居なくとも、その栄誉は変わりありません」


 プレッシャーに潰されそうになっている俺を、エマとカトレアは励ましてくれた。

 この言葉を聞いただけで、なんだか気持ちが軽くなった気がするのだから不思議なものだ。


「ありがとうエマ、カトレア。やるだけやってみるよ」

 

 俺にはこの頼もしい仲間がいる。たとえ敵が何万人いようとも負ける気がしなかった。


「では、気を取り直して、我らが大将に出陣前の挨拶でもいただこうか」


シリウスは肩に緑の長槍と青の長槍を担ぐ二槍流スタイルで意気揚々と俺たちの前に現れる。


 手には魔制石が握られており、それを俺に手渡す。どうやらこの魔制石には、自分の声を大きくする魔法が込められているようだ。


 まじか……。ベナコ村でも大勢の前で話したことはあるが、あの時とは規模が違う。規模だけじゃなく戦闘前と言うこともあり、話し方次第で、兵の士気が上下する可能性もあるだろう。俺に務まるだろうか?


「大丈夫よ。あなたの思いを話しなさい」


 エマに肩を叩かれる。


 俺の思い……。やるしかないか……。

 俺は魔制石にある窪みに触れて、魔法を起動させる。


 まずは自己紹介からか……?いや、流石に5年間ここで過ごしたんだ。俺がベルフィア家の子供と言うくらいは知っているか。


 なら―――


「まずは諸君にお礼を言いたい。この絶望的な状況の中、アバディンを守る為、戦ってくれることに感謝する。ありがとう」


 俺はまっすぐ前を向き、堂々と語ることを意識しながら話す。声は拡声の魔制石の影響か、良く通った。俺が話し出すと同時に後ろの門が少しずつ開いていく。


「敵は30万でこちらは8万。実に3.5倍以上の兵力差だ。 その大軍勢はアバディンを踏み潰そうと迫ってきている。 王国やベルフィアから援軍が来ることもないだろう。 だが戦いとは数ではない。 思いだ。 どれだけ勝ちたいか、その思いが力になる。 私たちの後ろには、アバディンに住む約20万の民の命がある。 私たちはそれを絶対に守らなければならない! ここが落ちれば、帝国は必ずそれを足掛かりにベンセレム王国の侵略に乗り出すだろう。 それは諸君の仕えている貴族の領地に侵略の手が伸びるということだ。 そんなことが許されていいはずがない! 今敵は油断している! 大群をひっさげて自分たちは強いんだと、負けるはずがないと助長している! これはチャンスだ! この戦力差を俺たちの思いで打ち破る! これは兵士や騎士、貴族の義務だから戦うのではない! 俺たちの守るべき者の為、愛する者の為に戦うのだ!! いくぞぉぉ!!!」


 俺の号令と共に大地を揺るがすほどの大歓声が兵士達から上がった。これほど士気が上がればとりあえずは成功だろう。


 後ろを振り向くと門は完全に開かれ、帝国兵が近づいてくるのが良く見える。距離にして約2キロほどだろうか。


 俺は帝国兵を迎え撃つ為、門の外に踏み出した。


 月光歴505年10月18日。後にベルフィアの軌跡と呼ばれる戦いは、今ここに幕を開けた。



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