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第138話 テオドール会議

 テオドール屋敷の会議室には、長いテーブルが置かれている。そのテーブルの入口から最も遠い、上席の真中に俺は着席した。


 見渡すとテオドールの町を統治しているヴァン家を支える幹部たちが勢揃いしていた。


 今はヴァン・ヘストロア騎士団長で騎士筆頭のギュンター、アマハルト家から白金貨10枚、日本円にして1000万をはたいて移籍して貰ったベルフ・オルフ、ヘストロア本家から出向しているトワ、そして、知識量という点において、俺の中でナンバーワンであり、上級騎士として登用したカトレアが上座の俺の近くに座る。


 その上座とは反対方向にヘストロア本家から出向してきている事務方の人間が座った。トワが俺の席に近いのは、彼女が俺のお目付け役というのと、彼女はアレクの意向に沿うため、様子を見たいからだ。


 アレクからはまだ好きにしていいと言われているが、あまりにもアレクの想像からかけ離れた事をして、無能な人間と思われるのは避けたいところだ。


「時間通りね」


 俺の左隣に座るエマは、満足そうに話しかけてくる。


「まぁ、遅れたらなに言われるか分からないし……」

「あら? またエマちゃんとトラブル? 仲いいわね!」


 今度は右隣に座るフリーダがニヤニヤと会話に入ってくる。


「母上、トラブルが起きているのに仲いいわね、は可笑しいでしょう……トワ、始めてくれ」


 フリーダを簡単にあしらい、長い机の右側中央に座るトワに会議を始める様に指示を出す。


 トワは、「畏まりました」と席を立ちあがった。


「今回の議題はどうすればこの町の収益を上げられるかです。では、意見のある方は挙手してください」


 会議が始まってしまったが、別に俺がやるべきことはない。何故なら俺は伯爵であり、この町を統治している特権階級の貴族だ。


 俺の仕事はまず第一に、アレクからの指令をこなすこと、第二に部下を上手く使ってこの町を上手く統治することだ。


 今日のお題である、この町の収益をどのように上げていくかだが、おそらく今のままでも問題はないだろう。


 確かに金はあればあるほどいいが、俺にはヘストロア公爵という大きすぎる後ろ盾がいる。必要であればいくらでも工面してくれるだろう。それに、俺の元に財政が圧迫しているなどの情報は来ていない。それはつまり、今のままでも問題なく回して行けているということだ。


「収益かぁ……今のままでも問題はないのではないか? 昨日も大量に魔石を確保できたのであろう?」

「そうね……テオドールの町は魔石の輸出量に関しては王国トップですから、それだけ儲けているということ。それにこの町には特質した農作物などないし……収益を上げていくと言ってもすぐには難しいのではないかしら?」


 ほーらな。思った通りだ。


 ベテランのベルフと、博識のカトレアが言うのだから間違いない。この町は順調に回っている。残るはアレクの指令であるサンチェスタ砦だが、こちらも急いでどうにかなるようなものでもない。だから問題は何もない。


 俺は何も問題ないのなら会議を閉会させようと思った時―――


「あのぉ……一ついいでしょうか?」


 気の弱そうな男が恐る恐る手を上げる。彼はヘストロアから派遣されているルベンという男だ。交渉事が巧みなようで、他領との話し合いなどを任せていたはずだが……


「皆様に追い出されて他領に流れた冒険者たちが、どうやらトラブルを起こしているようでして……王都の冒険者ギルド本部が、もともとここに居た冒険者を戻すように指令が届いているのですが……」

「なに?」


 俺はルベンに目を向ける。


 確かに俺は冒険者を追い出した。いや、冒険者が自主的に出ていくように仕向けた。


 理由は明白。冒険者がいると、冒険者が集めた魔石は冒険者ギルドが買い取ることになり、単純に収益が減るからである。もちろん冒険者ギルドの利益を一部、税として徴収するが、直接魔石を集めて他領に売りさばいた方が遥かに効率がいい。


 なのにも関わらず、魔石の輸出量が多い、周辺にダンジョンがある都市が魔石を独占しないのは、住民に被害が出る前に魔物を狩り続けるだけの兵力がないためである。もちろん冒険者ギルドの圧力などもあるだろうが、おおむねこれが原因だ。


 しかし、俺が統治するこのテオドールは違う。カトレアとシリウスは言わずもがな、ギュンターの強さもまだまだ健在であり、片腕と片目失ったハンデを感じさせないほどだ。


 この三人は王国で言う所の王の守護者(パラディン)、帝国での十二将軍並みの強さである。いわばアルスマーナトップクラスの猛者だ。それが三人いるだけでも脅威だが、ベルフィアから、母イザベラの反対を押し切って移籍してきたユージン、本家ヘストロアから俺の元に移って来たヒルダに、借り受けたトワ、極めつけは移籍金を支払って獲得したベルフがいる。

 

 一人一人の質が良い分、量は少ないが、そんなものは俺のスケルトンで埋める為問題はないし、信用はしていないがシリウスが連れてきた元帝国十二将軍のガルギンもいる。


 もともといたマリア、ルーナを合わせればこの戦力は王国貴族でも間違いなくトップクラスだ。これに勝る戦力を揃えられるのはそれこそ本家のフォン・ヘストロア家とベンセレム王家ぐらいだろう。


 とまぁ、こんな感じで俺は普通の貴族が持たないような戦力を保持しているからこそ、マルニアの森の魔物を殲滅し、その魔石を独占できるのだ。こんな美味しい狩場をみすみす手放す理由はない。


「ギルドの要求は突っぱねろ」

「し、しかし……私達側にも非がないわけではないことから、要求を全て拒むというのは……」

 

 俺の言葉に対し、意外にもルベンが意見をしたので、俺は顎に手を当て考える。


 冒険者ギルドの本部はここから遠い王都にある。さらにベンセレム王と冒険者ギルド長は仲がいいとアイザックから聞いたことがある。そしてヘストロアとベンセレム王家が敵対していることを考えると……要求を拒んでも問題ないはずだ。


 何か不都合があれば、冒険者を追い出そうとした時点でお目付け役であるトワが何か言って来ただろうし、問題……ないな。うん。問題ない。


「冒険者ギルドにはこう伝えろ。要求を聞いてほしくば、それ相応の誠意……ギルド長自ら頼みに来いとな」


 俺の強気な発言に会議室が騒然とする。


「ちょっとそれは言いすぎじゃない? ギルドを刺激しても良いことないわよ?」


 エマが俺の言葉に反対する。


「いえ、私は賛成です。伯爵とはいえ、一介の冒険者ギルド如きが図々しくもヘストロアの貴族に向かって指図するなどと……これでも正直ぬるいくらいです」


 そのエマの反対にトワが反対。トワの本音の部分はともかく、トワはギルドに対し強気に出るのは問題視しないようだ。トワの考え方は、アレクの思いを汲み取っているはずなので、無意味にアレクの反感を買うことはないはず。


 それはそうと、会議室での意見は、大きな組織である冒険者ギルドは刺激しない方がいいという意見と、貴族としての矜持を見せる為、強気に行くべきだという意見が半々である。どちらにしても、ギルドの要望を拒否するということに概ね賛成の様だ。


「まぁ、言い方はルベンに任せる。とりあえずギルドの要求は断固拒否だ」

「か、畏まりました……」


 ルベンはどうギルドに伝えるか迷っているようだった。しかし、それを上手く伝えるのが彼の役目。まぁ、この会議に参加している人間の意見を聞いて、多かった意見を採用してくれれば問題はないと思うが、とりあえずは彼に任せるとしよう。


 自分で解決するも、部下に任せるも俺の自由。何故なら、最終的に責任を負うのは、このテオドールを統治している貴族の俺なのだから……。

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