反撃の作戦をされるイットさん
イットは、テレポートの巻物を使い、ラドローのアジトから姿を消した。姿を消す直前に、イットは、まるで、客を相手にするかのように、ラドローに対して会釈をした。その行為は、ラドローからすれば、挑発以外の何物でもなく、ラドローの怒りは頂点に達していた。
イットが姿を消して暫くすると、ラドローは、身体が動けるようになっていると気付いた。
「いったい、何だったんだ、あいつは?それにしてもくそ。サニタスネックレスを奪われちまったな。あれを手に入れるのには、結構苦労したというのに。」
ラドローはそう言いながら、フロアにあるテーブルを蹴りあげていた。
「ら、ラドローさん。これから、どうするんですか?」
ラドローの部下は、怒り狂っているラドローを心配し、恐る恐る声をかけた。そんなラドローの部下を見るなり、ラドローは、瞬時に持っていた剣で斬りかかった。いきなりの事で、斬撃をかわすことができなかったラドローの部下の胴体から、多量の血が吹き出した。これは、完全に致命傷である、
「ら、ラドローさん。どうして?」
「ああ?全ては、お前のせいなんだろ?お前が、あいつに絡まなければ、俺は、数十人の部下を失うことはなかったんだ。それに、サニタスネックレスまで奪われてしまったんだ。そんなお前を、俺が許すと思ったか?」
「そ、そんな。」
ラドローの部下は息耐えた。ラドローは、部下が死んでからも、気が晴れなかったのか、何度も何度も蹴ったり踏みつけたりしていた。
「くそ。くそ。くそ。この俺が、なんてザマだ。」
「ラドローさん。落ち着いてください。」
怒り狂うラドローに声をかけたのは、ラドロー一味の幹部の一人、ローバーであった。
「なんだ、ローバー。俺は、今、気が立っているんだ。命が惜しかったら、軽々しく声をかけるんじゃない。」
「いえ、直ぐにでも聞いてほしいことがあるんですが。」
「なんだと?」
「はい。申し訳ないですが、先程のあの男とのやり取りを、俺は、陰から見ていたのです。」
「陰から見ていた、だと!」
「はい。それで、あの男を、「鑑定」して見ました。」
「ほう。なるほど。」
ローバーの「鑑定」とは、ローバーが所持しているスキルだ。この「鑑定」を使用することで、対象の詳細を知ることが出来る。それだけに留まらず、「鑑定」は、人物だけでなく、物も見ることができる。それにより、効果とされるものが、本物か偽物かの判別が出来るとともに、その物の効果、価値を瞬時に判断することができるのだ。ラドローからすれば、これ程までに便利なスキルはないわけで、ローバーには、幹部の地位を与え、ある程度の権限を渡すことにしていたのだ。
「あの男は、「イット」と言う者で、この街で、金貸しを生業としています。こんな大きな街で金貸しをするには、それなりのリスクが伴うのは当然なんですが、あの男は、堂々と店舗を構え、商売を続けています。どうしてそんなことが可能なのかは分かりませんが、あのイット、と言う者が使用しているスキルは分かりました。」
「ほう、やはり、スキルだったのか。」
「はい。そうです。イットが使えるスキルは、「契約」というものです。そして、その、契約、というスキルレベルがMAXになっていました。」
「契約?だと?」
「はい。契約、というスキルを使っていました。」
「それで、その、契約、というスキルは、どういうものなんだ?」
「はい。契約、というスキルは、文字通り、相手と契約をむすぶことができる、というスキルです。」
「それだけか?」
「はい。そうです。」
「それなら、なんで、さっき、動けなくなったんだ?俺は、あいつと契約なんて結んでないぞ。それに、サニタスネックレスでも、俺の身体は動けないままだった。」
「そ、そう言われても、奴が使っていたスキルは、契約、だけでした。」
「むう。それじゃ、何も分からないじゃないか。契約、というスキルは、今まで聞いたことがない。そんな、訳も分からない相手に、俺らは今、振り回されているんだ。対抗策はないのか。」
ラドローは、イットのスキルの影響により、自分の身体が動けなくなったことまでは、何となくではあるが把握できたのだが、その先が謎だらけだった。何故なら、ラドローは、イットと契約そのものを交わした記憶がないからであった。それに、身体が動けなくなった原因、サニタスネックレスの効果がなかったことの原因が、全く分からなかったのだ。
謎が判明しない以上、直ぐに反撃に出ることができない。ラドローはそう考えていた。今、ラドロー側の損失は、数十人の部下が命を落としたことと、サニタスネックレスが奪われたこと。ラドロー一味の損失はとても大きなものだった。ラドローからすれば、本音では、直ぐにでも反撃に出たいところ。だが、今は、その気持ちを圧し殺し、ぐっと耐えていた。
そんなラドローの様子を見て、ローバーは、一つの提案を出した。
「それなら、魔道具「万能辞書」を使ってみるのはどうでしょうか?」
「あん?なんだ、その、「万能辞書」って?」
「はい。万能辞書というのは、どんなことでも、知りたいことを詳細に知ることができる辞書らしいのです。魔力を込めるだけで、自分が知りたいことが、文字順に確実に表示されるとのことです。これを使えば、スキル「契約」の事を、詳細に調べることが可能だと思います。」
「なるほど。それで、その、「万能辞書」とやらは、どこにあるんだ。直ぐに持ってこい。」
「いや、それが、今は、手元にないんです。」
「なんだと?ローバー、お前、俺をおちょくっているのか!」
ラドローは、ローバーに威嚇の意味を込めて、剣を手に取った。
「ちょっと、待ってください。ラドローさん。あくまで、今は、手元にない、というだけです。」
「今は、か。それなら、手に入れる算段はついている、ということか。ローバー、答えろ!」
「はい。魔道具「万能辞書」を探す為に、魔道具「ダウジングマップ」を使用します。」
ローバーは、またもや、魔道具の名前を出した。その事に対しても、ラドローは、険しい表情を維持したままだった。その、魔道具「ダウジングマップ」も、ラドローの手元にないのだから。
「ローバー、いい加減にしろよ。そう、ポンポンと、魔道具の名前を出しやがって。その、「ダウジングマップ」とやらも、今は手元にないはずだ。探し物を増やしてどうする!」
「ラドローさん。落ち着いて、よく聞いてください。確かに、「ダウジングマップ」も、今は手元にないですが、どこにあるかは分かります。だから、俺達は、まずは、「ダウジングマップ」を奪うことから始めようと思ったんです。」
「ほう。それで、何故、ダウジングマップ、という物が必要なんだ?」
「はい。魔道具「ダウジングマップ」という物は、魔力を込めるだけで、欲しい物の場所が明確に分かる物らしいのです。これさえ使えば、「万能辞書」の場所など、用意に特定できるはずです。」
「それで、ダウジングマップとやらは、どこにあるんだ?」
「はい。プジョーが持っています。」
「!?、ローバー、もう一度言ってみろ。」
「はい。プジョーが持っています。」
「そうか、今日は、もう、いい。少し、一人で考える。下がってくれ。」
「はい。分かりました。」
ローバーが自分の部屋へと戻った後、ラドローは、フロアのソファーに座り、大きなため息を吐いた。プジョーとは、隣のウエスト国にアジトを構える、強大な盗賊組織「プジョー一味」の頭の名前だ。プジョー一味の組織の規模は、ラドロー一味よりもはるかに大きい。貴族との闇のパイプを持つラドロー一味よりも強大な規模を持っている理由が、ラドローには分からなかったが、魔道具「ダウジングマップ」を所持していたとなれば、強大になった理由も頷ける。何故なら、欲しい物のばしょが、手に取るように分かるのだから。これは、盗賊家業にとって、とてつもなく大きなアドバンテージになるのだ。
ローバーの作戦は、この、自分達より大きな盗賊組織からのダウジングマップの奪取なのだ。そう、簡単なことではない。下手すれば、プジョー一味との全面戦争になりかねない。たった今、数十人の部下の命を失ったラドローにとっては、非常に困難な作戦なのだ。
「ふう。どうするか。一つの魔道具を取り返すために、全面戦争のリスクを取ってまで、一つの魔道具を奪いに行く、か。だが、成功すれば、手元に魔道具が3つも揃うことになる。そうなれば、俺の組織は、世界一の規模になれるかもしれない。フハハハハッ。」