交渉するイットさん
「な、なんだあ?」
ラドロー一味のアジトのフロアに、いきなり、大量の死体が出現した。それを見たフロアにいたラドローの部下は、慌てて奥の部屋にいるラドローに報告した。報告を受けたラドローは、急いでフロアへと駆けつけた。
「な、なんだこりゃ?どうなってる?」
数十人の自分の部下の死体を見て、訳がわからないでいるラドロー。すると、ラドローの前に、襟元を引きずられながら苦しそうにしている、イット襲撃でたった一人生き残ったラドローの部下と、イットが現れた。
「だ、誰だお前は。俺の部下を離してもらえるか?」
「誰だお前とは、あんた、失礼な奴だな。俺の事を知らないなんて、そんなはずないだろう。俺は、あんたの部下達のせいで、すごい迷惑しているんだよ。」
そう言いながらイットは、掴んでいるその手を離して、ラドローの部下を解放した。締め上げられた襟元が自由になったことで、ようやく呼吸ができるようになったのか、ラドローの部下は、ゲホッ、ゲホッ、と咳き込んでいた。
「ら、ラドローさん、すいません。こいつは、手におえません。みんな、返り討ちにあいました。」
「なんだと?」
部下の話を聞いたラドローは、自分の部下の死体の山を見て、その後、鋭い目付きでイットの方を見た。ラドローは、状況把握ができないのか、その後、ラドローの部下の方を見た。
「おい、あんな優男が、俺の部下を全員殺したってのか?そんなこと、できるはずがないだろう?」
「い、いや、ラドローさん、俺にも分かんないんですよ。いきなり、俺以外の皆、一瞬にして死んでしまったんだ。その前には、全員動けなくさせられちまったし。もう、訳が分かんないんですよ。」
「そうか。訳が分からないのか。」
「はい。」
「俺は、そんな報告が聞きたかったんじゃない。」
「えっ?」
「部下が全員死んだっていうのに、何でお前だけ無事なんだ?お前だけ生き残っておいて、訳が分からないなんて、そんな言い訳、通用すると思うのか?」
ラドローの表情が、みるみるうちに険しくなっていく。その表情を見て、ラドローの部下は、相当恐れ出したのか、全身が震え出した。
「ひい、ラドローさん。許してください。本当に、訳が分からないんですよ。」
「訳が分からない、としか言えないのかおまえは。それに、赤の他人を、このアジトに連れてきたことも許せねえ。お前、俺を裏切ったのか?」
ラドローの怒りは頂点に達した。ラドローは、腰に滞納していた剣を手に取ると、ラドローの部下の方を見ながら、剣を手にしている手を、大きく振り上げた。
「ひいいっ!」
殺されると思ったのか、ラドローの部下は叫び声を上げた。
「ひいいっ!、じゃねえ。お前は、死をもって、反省しやがれ!」
絶体絶命の状態に、ラドローの部下は、恐怖のあまり、身を縮めて目をつぶった。ラドローの部下は、死をかくごしていた。だが、いくらたっても、自分の身に痛みが走ることはなかった。暫くたって、ラドローの部下は目を開けると、剣持っている手を振り上げたまま動かないでいるラドローの姿を見た。
「ラドローさん?」
「う、うるせー、黙ってろ。」
「は、はい。」
暫くの間、沈黙が続いた。
「やれやれ、せっかくここまで来たのに、無視するなんて、酷いじゃないか。」
沈黙を破ったのは、イットだった。恐怖のあまり、全身が震え動けないでいるラドローの部下と、剣を振り上げたまま動かないラドロー。その二人を情けない物を見るような目で、挑発するような声で、イットはそう言っていた。
「む、無視する、だと?」
「はい、そうですよ。」
返事をしたイットは、ゆっくりと歩きながら、ラドローの目の前まで近付いた。イットの位置は、ちょうど、ラドローとラドローの部下の間に入るような形になった。
「なんだ?お前、俺の部下を庇おうってのか?」
「庇う?いやいやいや、そんなんじゃないですよ。そいつが死んでも、俺は、どうとも思いませんよ。だけどね。そいつが死んだら、誰が慰謝料を払うんですか?」
「い、慰謝料?」
「あれえ?聞いてないんですか?そいつは、あんたの部下なんでしょ?10000ゴールド。部下が払えないのであれば、あんたが、慰謝料を支払ってくれるんですか?」
「そんなもの、払うはずないだろう?馬鹿なのか?お前は?」
「ハハハッ。言いますねえ。慰謝料を払いたくないから、俺のところを襲撃に来たんでしょう?でも、無駄でしたよね。だから、しっかりと慰謝料を払っていただきますよ。それに、今回の襲撃による迷惑料もいただきたいですね。そうだなあ。慰謝料と迷惑料、あわせて、50000ゴールド、用意してもらいましょうか?」
「何度も言うが、そんなもの、払うはずがないだろう。」
イットの意見を、ラドローは、完全否定した。その直後、比較的穏やかだったイットの表情が激変した。
「ああん。あんた、舐めてるの?ふざけてるの?せっかく、穏やかに済まそうと思ってたのに。今回の騒動は、皆、あんたの部下から始めたこと。だから、詫びを入れるのが筋なんじゃねーのか?」
いきなりのイットの変化に、ラドローの部下は怯えていたが、ラドローは、冷静さを保っていた。ラドローは、身動きが取れない状況にもかかわらず、冷静さを保っていられるのは、この状況を打破できる絶対的な自信があるからであった。
「お前、俺の動きを封じているからといって、得意気にペラペラと口がまわるようだが、そう簡単にお前の思い通りになると思うなよ。」
「ん?どういうことだ?」
「お前が俺を封じているのは、お前が持つスキルが影響しているからだろう?俺は、分かっているぞ。」
「分かっているとは?」
「お前は、スキルを使用して、俺に状態異常になる攻撃をしている、と言っているんだ。だがな。そんな状態異常なんて、俺はすぐに無効にできるんだよ!」
「なら、直ぐにでも、対処してみたらどうだ?」
「ふん。偉そうにしているのも、今のうちだ。」
ラドローは、得意気な表情をしていた。ラドローも、魔道具を所持している人間なのだ。ラドローが所持している魔道具は、「サニタスネックレス」という物。これは、装備している者は、どんな状態異常でも、瞬く間に無効にしてしまうという、とんでもなく強力な物なのだ。それを、何らかの経由で、ラドローは手にしている、ということだった。
ラドローが、少しでも魔力を込めるだけで、サニタスネックレスの効果が発動する。だからこそ、ラドローは余裕があるのだ。
ラドローは、魔力を込め、サニタスネックレスの効果を発動させた。サニタスネックレスが光りだし、その光が、ラドローを包み込む。
「くくくっ。これでも、まだ、俺に舐めた態度を取るつもりか?」
ラドローは、サニタスネックレスのお陰で、直ぐにでも動けるようになると思い、不敵な笑いを浮かべていた。その間、イットは、何も動じることなく、ラドローの前に立っていた。
だが、ラドローを包み込んでいた光が治まっても、ラドローは、剣を振り上げた状態のままだった。
「ば、馬鹿な。何故、サニタスネックレスが発動しないんだ?」
ラドローは、サニタスネックレスが発動しなかったと思っているようだった。そう思うのも仕方がないことだった。何故なら、ラドローは、ずっと動けないままだったから。そんなラドローの様子を見ていたイットは、サニタスネックレスの光を見て、先程までの怒りが消え失せ、興味は完全にサニタスネックレスの方へ向いていた。
「へえっ。「馬鹿な」、か。それほどまでに、サニタスネックレスのことを信用しているということなんだな。ということは、この、サニタスネックレスという魔道具は、本物、ということか。」
イットは、そう言いながら、動けないままのラドローの首から、サニタスネックレスを奪い取った。
「何しやがる!」
サニタスネックレスを奪われたラドローは叫んだ。
「いやいやいや、あんた達、慰謝料と迷惑料を、全く払ってくれる素振りがないから、これを担保としてもらうしかなかったんだ。これは、仕方がないことなんだ。まあ、この間道具をけれるっていうのなら、50000ゴールドは、チャラにしてもいい。魔道具には、それくらいの価値があるのだから。」
イットは、サニタスネックレスを首にかけ、とても上機嫌にしていた。
「さあ、あんた達、どうする?これで50000ゴールドをチャラにするのか、これを一旦担保として、50000ゴールドを少しずつでも支払いしていくか、どっちにするんだ?
ああ、もし、少しずつ支払うのであれば、注意がある。10日たつと、残金に、一割の利息をつけるからな。それだけは、忘れるなよ。」