お説教するイットさん
「社長、今、お見えになっているお客様のことで、少々確認していただきたいことがあるのですが。」
「うん。何だ、何か、あったのか?」
「はい、社長を出せ、と言ってきた団体のお客様がいまして。」
「それの、何が問題なんだ?」
「いや、その、そのお客様が、フロアで大暴れされていたもので。どうすればいいか、判断を伺いに来ました。」
「なるほどね。それで、そいつらは、今、どうしてる?」
「止めて、と私が言っても、全然聞く耳を持っていなかったので、おとなしくしてもらうようにしています。」
「ふふん。そうか。どれどれ、様子を見に行っているか。」
「はい。お願いいたします。」
イットは、受付の女性から、「おとなしくしてもらうようにしています。」という言葉を聞いて、ニヤリとした後、気分が高まっているかのような表情で立ち上がり、自分のデスクからフロアへと向かった。まるで、新たな儲け話でも見つけた、というような表情である。
イットがフロアに着いて目に入ってきたのは、動けなくなって苦しんでいる、ラドローの部下達の姿だった。イットは、ラドローの部下達に近付くと、腰を下ろし、ラドローの部下達と視線の高さを合わせ、優しい口調で話し始めた。
「おうおうおう、お前ら、どうした?ここに、何のようがあって来たんだ?」
「う、うるせー。この状態は、お前の仕業か?」
「お前の仕業とは、どういうことだ?こっちの言い分を聞かなかったお前らの自業自得じゃないのか?」
「う、うるせー。」
「うるせうるせーって、お前、それじゃ、会話にならんだろう。あれ?」
イットは、後ろの方にいる男の顔が気になったのか、その場を立ち上がり、その男の前へ移動した。
「お前の顔。見覚えがあるな。あ、そうだ。お前、さっきの奴じゃあないか。慰謝料の10000ゴールドを持って来てくれたのか?」
イットは、先程揉めたラドローの部下の四人組の生き残りである男が、慰謝料である10000ゴールドを持って来ていないことは分かっていたのだ。もし、慰謝料を持って来ていたのなら、ここで暴れる必要はないからである。だが、イットは、あえてそう言ったのだ。これは、ラドローの部下達に対してのあからさまな挑発行為であった。
当然、イットは、ここにいる男達がラドロー一味であることは知らない。だが、イットは、これだけの大人数で来ている、という事実から、一個人に対する慰謝料を請求するより、大人数の組織全体に対して相手をする方が、はるかに大きな儲けになる、と、経験から悟ったのだ。
「ふ、ふ、ふ、ふざけるな。誰が、10000ゴールドなんて大金払うかよ。」
「いやいやいや、何を言っている。元々、お前らが悪いんじゃないか。お前らが、俺のことを襲って来なければ、こんなことにはならなかったんだぞ。そこら辺、理解しているのか?」
「だから、ふざけるな!俺達は、三人もやられているんだ。それなのに、どうして10000ゴールドを払う必要があるんだ。なめやがって。この建物ごと、ぶっ飛ばしてやる!」
「ふーん。ということは、10000ゴールドを持ってきていないんだな。それで、ここにいる奴らは、全員お前の仲間、というわけだ。つまりお前は、10000ゴールドを払いたくないから、暴力でそれをチャラにしようとしているわけだ。」
「くそ。なめやがって。余裕ぶっていられるのも今のうちだ。」
「おうおうおう、やけに強気だな。」
余裕ぶるイットに対して、男は、動けない体の中、何とか右腕を必死に動かし、イットに向け、中指を立てた。
「ははっ。ここに来ているのは、俺達だけではないんだ。ここにいるよりも、はるかに多い人数が、この建物を取り囲んでいるんだ。外にいる奴らは、元々は、逃げ道封鎖の為にたいきしているんだが、異変を感じたら、直ぐ様襲撃するように準備しているんだ。」
「なに?」
「はははっ。調子に乗った罰だ。俺達がここに乗り込んでから、暫く時間が立っている。これだけの時間が立てば、外にいる奴らは、絶対に何か異変が起きたと感じるはずだ。もうすぐ、ここに一斉に襲撃してくるだろう。あの時、素直にあの巻物を俺達に寄越せば、無事ですんだものを。お前のその挑発的な行動が、ここにいる奴らが全滅することに繋がったんだ。後悔しても遅いぞ。俺達は甘くない!」
「ふーん。」
イットは、男の言うことを聞いても、全く恐れている様子はなかった。慌てる様子もない。その異様な様子に、男は意味が分からないでいた。
「どうした?怖くないのか?一斉襲撃で、お前らは全員ころされるんだぞ。」
「いやいやいや、外にいる奴らも、お前らの仲間なんだろ?それなら、俺が恐れる必要なんて、ないんじゃないの?」
「ど、どういう意味だ?」
「だから、全員お前の仲間なんだろ?だから、外で待機している奴らも、みんな、ここにいる奴らと、同じ状況になっていると思うよ。だから、慌てる必要なんてないのさ。残念でした。」
イットはそう言いながら、男の方を見てニヤニヤしていた。その表情に対して、相当腹を立てたのか、男は、何とかして、イットの顔を殴ろうと、精一杯右手を動かした。しかし、ペシッと、軽くイットの左頬に触れるだけしかできなかった。それに対し、イットは、さらに挑発を続ける。
「ハハハッ。威勢がいいのは口だけか?そんな攻撃じゃあ、俺達を殺せるわけないだろ。もっと、頑張れよ!ガハハハハハッ。」
「な、なめるのも、今のうちだ。すぐにでも、仲間が来るんだ。」
だが、外に待機しているはずのラドローの部下達は、どれだけ待っても来る気配が一切なかった。
「ば、馬鹿な。なぜ、来ないんだ?」
「ふーっ。だから、今、言ったばかりじゃん。全員、動けなくなっているんだよ。お前は、馬鹿ですか?脳ミソ、ちゃんと動いてますか?」
「ば、馬鹿な。」
「うーん。だけど、こんなにも大人数がここにこうやっていると、商売の邪魔でしかないな。これは、立派な営業妨害だ。全員、消えてもらうしかないな。それに、慰謝料の未払いは、立派な契約違反だな。」
「な、なに?」
イットがそう言った次の瞬間、この男以外のラドローの部下達は、一瞬にして全員がとてつもなく巨大な物に押し潰されたようにペチャンコになり、即死してしまった。
「な、なんだと?みんな!」
全員がペチャンコになり、辺りはラドローの部下達の死体と血だらけになった。フロアは、見るも無惨な状況になってしまった。
「おいおいおい。どうするんだよ。これじゃあ、もう、今日は営業できないじゃん。この損失は、かなり大きいぞ。お前、どう責任をとるんだ?」
イットは、唯一生き残ったラドローの部下の胸ぐらを掴み、今にも殺そうとしようとするようなどぎつい声で、そう責めた。
「ひ、ひいいいっ。」
あまりにも一瞬にして起こった惨劇に、ラドローの部下は、ただ恐れることしかできず、全身が震えていた。
「もう、お前一人の問題じゃすまないな。言え!お前は、どこの組織に所属している?」
「ひいいい。」
「ひいいい、じや、分からん。どこの組織の者だ?ハッキリと言うんだ!」
「お、俺達は、ラドロー一味だ。」
「ラドロー一味?」
「し、知らないのか?この辺では、かなり有名な盗賊一味なのに。俺達に逆らって、生きていけると思うな!」
「おうおうおう、言うねえ。だけど、今のところ、全員返り討ちにあって、死んじゃったじゃん。その、有名なラドロー一味って、たいしたことないんだね。残念でした!」
「くそ。なめやがって。」
「ガハハハハハッ。お前は、それしか言えないのか?それより、この大量の死体を、なんとかしてほしいんだが。ちょっと、協力してくれよ。」
「き、協力?」
イットは、そう言って、テレポートの巻物を開き、ラドローの部下に見えるようにした。
「どうだ。この巻物の文字、見えるか?」
「な、な、なんだよ?」
「見えるかって、聞いてるんだけど。」
「あ、ああ。見える。」
「それじゃあ、ラドロー一味のアジトって、書かれてあるか?」
「ああ、書かれてある。」
「なるほどね。」
ラドローの部下の答えに、イットは、納得したような表情をしていた。
「なるほど。俺じゃなく、他の者が見れば、行ったことがない場所にも行くことが出来るのか。これなら使えるな。よし。」
「な、なんだよ?」
「おい、お前!この巻物の、ラドロー一味のアジトって文字を、声に出して読んでみろ!」
「あ、ああ。」
ラドローの部下が、巻物に書かれているラドロー一味のアジト名を言うと、ラドローの部下、フロアにいる死体と、イットが光に包まれて消えた。フロアには、ラドローの部下達から出た大量の血だけが残った。