切れるイットさん
イットは、町の酒場に来ていた。イットは、酒場のカウンターに座ると、注文もしていないのに、店主が酒を出してきた。イットより先に入っていた客がいるのに、明らかにイットに酒を提供する方を優先していた店主だった。店主の顔色は、イットに対して、やや、恐れているような感じだった。
「店主さんよ。この酒は、なんだ?私は、まだ、何も頼んでないんだけど。」
「いやあ、イットさん。いつも、この酒を飲まれているじゃあないですか。だから、今日もこの酒を頼まれるのかと思って、先に出させてもらったんですよ。」
「ふーん。サービスいいじゃんか。」
「はい。ありがとうございます。」
店主は、イットの反動きに対して、過剰なほど素早く反応していた。まるで、店主が、イットのご機嫌取りに勤しんでいるようにしか見えない状況だった。イットは、酒を一口飲んだ後、店主に対して質問を始めた。
「ところで、店主さんよ。」
「は、はい。何でしょうか?」
「店主は、勇者アベルって、知ってる?」
「は、勇者アベルですか?当然知ってますよ。」
「ふーん。そんな、有名な奴なのか?」
「有名な奴って、イットさん。勇者アベルは、この世の救世主になるかも、って世界中から期待されているんですよ。知らないって、本当ですか?」
「まあ、俺は、世界がどうとか、あんまり関係ないからな。」
「はあ、イットさんらしいですね。」
「それで、勇者アベルって奴は、どこに住んでるんだ?」
「いや、それは、分からないですね。」
店主が分からないといった直後、イットの表情が険しくなった。その表情を見た店主は、恐怖を感じ、身を少しかがめ震え出した。
「店主さんよ。分からないってのは、どういうことだ?勇者アベルは、有名じゃなかったのか?」
「ひいっ。すいません。勇者アベルは、色々なところに魔物等の討伐に言っているんです。場合によっては、現地に長期滞在することだってあるらしいので。だから、今、勇者アベルがどこにいるか、正確には分からない、ということなんですよ。」
「いや、どこにいるか、ではなく、どこに住んでいるか、を聞いているんだよ。ちゃんと質問に答えてくれないか?」
「す、すいません。勇者アベルは、となりの「イースト国」出身だという情報があります。それで、イースト国の首都「オエステ」を拠点にして、イースト国王の命を受け、勇者として活動を始めた、と言われています。」
「なんだよ。あるじゃん。ちゃんとした情報が。」
勇者アベルの具体的な情報を聞いたことにより、イットの機嫌がなおったようだ。それを見て、店主は、安堵の表情をしていた。
「じゃあ、その、イースト国の首都オエステって所に行けば、さらに詳しい勇者アベルの情報を得ることが出来るって訳だ。」
イットはそう言って、テレポートの巻物を開いた。それを見た店主は驚愕した表情をし、イットに恐る恐る声をかけた。
「イットさん。それは、一体、何ですか?」
「ああ、これは、テレポートの巻物だよ。それがどうしたんだ?」
「どうしたって、それ、魔道具じゃないですか?そんな希少な物、どうやって手に入れたんですか?」
「ああん?そんなこと、どうだっていいだろ?」
「はい、すいません。」
「それより、店主さんよ。これ、どういうことだ?何で、このテレポートの巻物に、イースト国が記されていないんだ。」
「く、詳しくは分かりませんが、その魔道具テレポートの巻物は、使う本人が過去に行ったことがある場所にしか行けない、ということだと思います。あくまでも噂話程度の知識で申し訳ないのですが。」
「と、いうことは、イースト国へ行くためには、わざわざ通常の移動手段を使って、そこまで行かないと駄目なのか?」
「は、はい。そういうことになりますね。」
「なんだよ。役に立たねえな。使いもんになんねえよ。店主さん。急ぐから、もう帰るわ。金はこに置いとくよ。」
イットはそう文句をいいながら、カウンターにいくらかのお金を置き、酒場から出ていった。イットの姿が見えなくなると、カウンターにいた客が、店主に質問を始めた。
「なあ、店主さん。さっきの人、何者なんだ?」
「ああ、お客さん。さっきの人に興味あるのかい?あまり、近付かないほうがいいと思いますよ。」
「何で?」
「ああ、あの人は、金貸しを生業としているんだ。「イット金融」っていう店をこの街に構えているんです。」
「ふーん。金融って、何?」
「よくは分からないけど、金に関することの仕事をしている店らしいですよ。」
「へぇっ。それで、なんで、近付かないほうがいいの?」
「まあ、ここだけの話だけどね。金の取り立てが、かなりキツいらしいんですよ。あの人には、絶対に逆らえないらしいです。みんな、恐れているらしいですよ。」
「そんな怖そうな人には見えないけど。」
「いや、そんなことはないです。あの人は、とても恐ろしいです。絶対に、軽い気持ちで関わらないほうがいいですよ。」
「なんで?」
「それ以上は言えません。いいですね。決して、軽い気持ちで関わらないほうがいいですよ。」
「ふーん。」
客は、店主の説明に納得いっていないようだった。魔道具を持っているイットのことが、どうしても気になって仕方がなかったようだ。店主は、これ以上イットのことについての話はしたくなかったのか、その客から離れた場所に移動し、テーブル客の方へと視点を変えた。すると店主は、先程までいたテーブル客がいなくなっていることに気付いた。
「あれ、あそこのテーブル、確かに四人程座っていたはずなのに、いつのまにか、いなくなってる。」
「店主さん。あのテーブル席にいた奴らは、さっき店から出ていった人を追いかけて行ったぞ。」
不思議がっていた店主に、そのテーブル席に近い席に座っている客が、店主にそう言った。
「なんですって?」
「追いかけていった奴ら、確か、見たことがある。確か、この界隈で有名な盗賊一味だったような。」
「本当に?かわいそうに。」
「確かに。あいつらにかかれば、身ぐるみ剥がされてしまうしな。」
「いいや、違いますよ。」
「何が?」
「狙う相手を、間違いましたね。ただではすまないでしょう。かわいそうに。」
店主は、何故か、イットよりも、イットを追いかけた盗賊一味の方を心配していた。
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「待ちな!」
「あん?」
イットは、酒場から出て路地裏を歩いている後ろから声をかけられた。イットが振り向くと、四人のガラの悪そうな男達がニヤニヤしながら立っていた。全員手に武器を所持していた。
「あんた、巻物を持っているだろ?さっき酒場で見たんだよ。それを、俺達に譲ってくれないかな?」
四人の男達はそう言いながら、武器をちらつかせながら、距離を少しずつ詰めていった。四人が距離を詰める速度は一定ではなく、丁度イットを取り囲むように速度を調整していたのだ。その結果、イットは四人に囲まれる形となってしまった。
「なんだ、お前ら、盗賊か?」
「へっへっへっ。分かっているなら話が早い。痛い目に遭いたくなかったら、巻物を寄越すんだな。」
「なんで?」
「な、なんで?、だと?」
普通に考えれば、絶体絶命、逃げ場のないピンチの状況なのだが、イットには、全くと言っていいほと、焦り、不安、恐怖といった感情がないように見える。その事に、四人の男達は少し戸惑っていた。
「巻物はお前らにはやらん。分かったら帰ってくれ。面倒なことは嫌いなんだ。」
「な、面倒って、お前、この状況、分かっているのか?」
「分かっているのかって、何を言っている?お前らこそ、分かっているのか?巻物はお前らにはやらん、と言ってるんだ。だから、お前ら、もう帰れ。」
イットの挑発じみた態度は、四人の男達の逆鱗に触れた。
「ふざけるな!俺達をなめるんじゃねえ!こうなったら、無理矢理にでもうばってやる!」
四人のうちの一人が、そう言って、手にしている剣で斬りかかろうと、右腕を振り上げた。
「契約違反だな。」
イットがそう言った次の瞬間、男の体があっというまに粉々になり消し飛んでしまった!辺りには、消し飛んだ男の血が吹き飛んだ!
「な、な、なんだあ!!!?てめえ、一体、何をしやがった!」
いきなりの状況に、残った三人のうちの一人が、イットを殴ろうと距離をつめたのだが、この男も、同じように消し飛んでしまった。
「ななななっ、な、な、なんだあ?ば、化け物!」
また一人、イットに対して攻撃しようと、槍を使おうとしたのだが、その瞬間、同じように消し飛んでしまった。こうして、四人の男達のうち三人が消し飛んでしまい、1人だけになってしまった。男は、恐怖のあまり、腰が抜け、動けなくなってしまった。
「あーあーあーっ。どうしてくれるんだよ。お前達三人の血がべっとりついて、汚れてしまったじゃねーかよ。お前、どう責任をとってくれるんだ?あん?」
イットは、消し飛んだ三人の血を全身に浴びてしまい、血まみれになったことに、相当腹を立てているようだった。残った一人に、責任をとれ、と、ものすごい形相で責め立てる。男は、あまりの恐怖で全身が震えていた。声も出せないほど、周りから見ても、震えが分かるほどだった。
「いいか、よく聞け。慰謝料として、10000ゴールド、今日中にイット金融まで持ってこい!イット金融は、この街にあるから分かるはずだ。いいな、絶対に10000ゴールド持ってこい!持ってこなかったら、どうなるか分かってるだろうな!」
「ひ、ひいいいいいっ!」
男の叫び声は、街中に響き渡っていた。