謎の男
アベルの声に気付いたのか、魔王ヴァイスは、ゆっくりと顔を上げ、アベル達の方を見た。すると、魔王ヴァイスは、先程の魔人と同じように、相当驚いた表情をし動揺していた。
「な、なんだお前達は?誰だ?どうして、ここに?」
驚いている様子の魔王ヴァイスを見て、アベルは、今度は戦闘体勢を取ることはせずに、軽い自己紹介をした。
「俺は、勇者アベルだ。お前は、魔王ヴァイスだな。お前の命を奪いに来た。」
「なに?勇者アベルだと?今は、それどころではないというのに。ああ、くそ。」
アベルの自己紹介を聞いた魔王ヴァイスは、舌打ちをしながらゆっくりと立ち上がり、戦闘を始めるための準備を始めた。戦闘の準備をするということ自体が、アデル達には異様な光景に見えた。そんな光景を見て、思わず、カイルが魔王ヴァイスに質問をしていた。
「なあ、魔王ヴァイス。お前、何をしているんだ?」
「ああ?何って、お前達と戦うための準備をしているんだよ。」
「いや、だから、準備って、なんだよ?」
「ああ?机の中から、武器を探しているに決まっているだろ?頼むから邪魔しないでくれ。ただでさえ、大きな悩みを抱えているんだ。集中させてくれよ。」
「ああ、すまない。」
「全くもう、って、お前、その手に持っているものは、何だ!」
カイルの問いに答えた魔王ヴァイスの目には、カイルが持っている鞄が映っていた。その鞄は、魔王ヴァイスにとって、とても見覚えのあるものだったからだ。
「ああ、これは、戦利品だよ。それがどうした?」
「それがどうしたって、まさか、奪ったのか?」
「ああ、さっき、魔人と戦闘があったんだ。その時の戦利品だよ。」
カイルの軽いノリの答え方とは対称的に、魔王ヴァイスの顔色は、どんどんと悪くなっていく。
「な、な、何てことをしてくれたんだ。すぐに返せ!」
「はあっ?何言ってるの?返すわけないじゃん。お前、それでも魔王か?返してほしかったら、俺達から奪えばいいだけだろ?」
カイルのその言葉をきっかけに、アベル達四人は全員戦闘態勢を取った。
「覚悟しろ、魔王ヴァイス。貴様の命はこれまでだ。」
今程の戦闘とは全く無関係なノリの魔王ヴァイスとカイルとの会話とは無関係に、アベルは、いつも通りの戦闘に完全に集中している様子だった。だが、戦闘態勢をとっている四人を無視しているかのように、魔王ヴァイスは、上の空で、ブツブツと独り言をしゃべっていた。
「おかしいな。どうして、鞄が奪われたんだ。鞄の中身は、大丈夫なのか。時間は、大丈夫なのか。くそ。」
そんな魔王ヴァイスの様子を、ただただ戦闘態勢を取りながら見ているだけの四人。時間だけがすぎていく。
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カツカツカツカツ
アベル達の後方から、足音が聞こえてきた。
「なんだ?誰か来たのか?」
そうカイルが言うと、一気に魔王ヴァイスの様子が一変した。その表情は、焦り、動揺、嘆き、絶望。ありとあらゆる負の表情が出ていた。その様子があまりにも異常だったため、リザは、戦闘態勢を解き、魔王ヴァイスに質問をした。
「あの、魔王ヴァイス。どうされたのですか?様子がおかしいようですが。」
「うるさい!お前達のせいなんだ。あの鞄を奪うから、こんなことになったんじゃないか。もう、おしまいだ。」
魔王ヴァイスは、そう答えながら、両膝を落とした。
「え、ええっ?ちょっと!しっかりしなさい。質問に答えなさい。」
リザの再度の問いかけは、もう、魔王ヴァイスの耳には届いていないようだった。
魔王ヴァイスとリザの会話が途切れた頃、後方からの足音はどんどんと大きくなっていき、ついには、アベル達四人の前に、一人の人間の男が姿を表した。
「あれえ?誰ですか?あんた達?」
男の第一声がそれだった。そんな男の姿を見たアデル達は、驚愕していた。廃墟のようにボロボロになっているとは言え、ここは魔王城なのだ。魔王城に乗り込むからには、アベル達のように、万全の準備、装備が必要になる。だが、この男はどうだ。武器の一つも持っているように見えない。それどころか、防御力の高そうな防具も身に付けていないのだ。ただ、黒いスーツを羽織っているだけなのだ。
「もう一度言いますよ。誰ですか?あんた達は?」
男は、質問に答えないでいる四人に、多少イラついた様子で、もう一度質問をした。
「あ、ああ。すまない。俺は、勇者アベルだ。あそこにいる、魔王ヴァイスを討伐するためにここに来たんだ。」
「はあ?魔王ヴァイスを討伐だって?馬鹿なことを言うんじゃありませんよ。俺は、そんなこと、許しませんよ!」
アベルからすれば、この男の返事は異様でしかなかった。魔王ヴァイスの討伐は、この世界の人類皆の悲願のはず。なのに、この男は、それを許さない、と言ったのだ。
「とりあえず、どいてくれないですか?俺は、その、魔王ヴァイスさんに、用事があって、ここまで、わざわざ来たんですから。」
「ええ?魔王ヴァイスに用事だと?」
「ええ、そうですよ。早くどいてください。」
「あ、ああ。」
アベルは、男に言われるがままに、男に道を譲ってしまった。普通に考えれば、どう見ても、一般人にしか見えない人間と、魔王を接触させるのは危険でしかない。勇者として、それは絶対に阻止しなければならないはずなのだ。だが、アベルは、言われるがままに道を開けてしまった。男から、何故かは分からないが、意味不明な迫力があったからだ。それこそ、道を開けなけれは、命を落としてしまうのではないか、という、そんな迫力があったのだ。
男は、魔王ヴァイスのいるところに、全く迷うことなく近付いていった。そして、両膝を落としている魔王ヴァイスの目の前にいくと、腰を落とし、魔王ヴァイスと同じ目線の高さに合わせた。
「魔王さんよ。いつまで待たすんです?とっくに、利息の期限はすぎているんですよ。」
「ま、待ってくれ。今、部下に金を持っていかすところだったんだ。」
「へええっ?でも、俺のところには、そんな方、来なかったですけどね。」
「い、いや、嘘じゃない。間違いなく、向かわせた。だけど、あいつらに邪魔されたんだ。」
「そんな都合のいい言い訳が通用するとでも?」
「い、いや、本当だ。信じてくれ。」
「いいや、駄目ですね。」
男と魔王の会話を、部屋の角からただただ聞いているだけのアベル達。
「な、なんなんだ?この状況?」
「知るかよ。意味がわからん。」
「魔王ヴァイスが、完全に怯えている?どうしてでしょうか?」
「何か、見てはいけないものを見ているような気がする。」
この異様な光景は、もう、戦闘どころではなかった。アベル達は、この状況を、全く理解できずにいた。
「と、に、か、く。約束は守ってもらわないと困りますよ。魔王のくせに、情けないですね。」
「そんなこと言うなよ。十日で一割なんて、無理に決まっているだろう。この城を見てみろよ。お前のところに利息を払うだけでも、もう、限界なんだ。もう、やっていけないよ。」
やっていけない、という魔王の言葉を聞いた男の表情が、明らかに変わった。
「なあ、やっていけないって、どう言うことだ?」
「ひいいっ!頼むよ。もう、限界なんだ。」
「ということは、俺との約束を守らない、ということ?」
「い、いや、守らないんじゃなくて、守れないんだ。」
「………契約違反だな。」
「!!!!!」
男は、会話を終え、後ろに振り返った次の瞬間、魔王の全身から大量の血が吹き出した!
「ギャあああああっ」
激しい叫び声と共に倒れる魔王ヴァイス。全身に激痛が走るのか、身体中がピクピクと痙攣しており、全く起き上がれそうになかった。だが、死んではいないようだった。
「では、また、十日後に来ますから、その時までに、今回の利息分と、次の利息分か、元金を用意しといてくださいよ。」
男はそう言って、魔王ヴァイスから離れていった。
「はいはい、どいてくださいな。」
用事を終えた男は、アベル達四人の前をそう言いながら通りすぎていった。
「あ、そうそう。魔王ヴァイスに討伐は、まだ、待ってもらえますか?」
「なに?どういうことだ?」
「実は、私、魔王ヴァイスにお金を貸してましてね。全額返済するまでは、待っていてほしいんですよ。」