間違った噂がたっているよ。イットさん。
イースト国の首都オエステの商店街にて、リザは、イットの聞き込みをしてきた。だが、どんなに声をかけても、イットの事を知っている人物は現れなかった。それは、仕方がないこと。
イットは、イースト国には、ほとんど行ったことがないのだ。ラドロー一味との抗争があるまでは、一度も足を踏み入れたことはなかった。ラドロー一味のアジトに乗り込んだ時も、テレポートの巻物にて、直接出向いただけであり、イースト国を出歩いたことはない。だから、商店街でいくら聞き込みをしても、一切の情報が出てこないのだ。
「ふう。疲れたわ。どういうことかしら?なんの情報も出てこないなんて。おかしいわね。」
情報が一切出てこない状況に嫌気がさしてきたリザだったが、リザは、商店街の様子がいつもと違う事に気付いた。
「それにしても、ここの商店街、何かいつもと様子が違うわね。どういうことかしら?」
リザが、いつもと違うと感じたことはいくつかあった。まず、商店街で売られている商品が、今までより確実に安値で売られていたのだ。それに、商品の陳列方法が、今までと劇的に違っている。今までは、店舗の店員の奥にしか商品は置いていなかった。だから、客が商品を買う時は、買いたいものがあるか、まず店員に確認しなければならなかったし、その商品の品質を見て確認することができなかった。だが、今は、全く違う。店の前に陳列棚が置かれ、その中に商品が置かれている。それにより、客は、どの商品があるが、じっくり確認することができるのだ。
「どういうこと?こんな、無用心に物を陳列したら、盗賊達の格好の餌食になるじゃないの?」
リザがそう独り言を言っていると、とある店の店員がリザに話しかけてきた。
「おう、誰かと思えば、勇者パーティーのリザさんじゃねえか?どうした?変な顔して?」
「えっ?あ、あの、この店の陳列なんですけど。」
「うん?どうしたんだ?」
「何故、店の外に、棚を置いているのかしら?そんなことをしたら、盗まれ放題じゃないのかしら?」
「ハッハッハ。なるほどね。」
「いや、なるほど、じゃないでしょう。」
「いやいや、最近のニュース、知らないのかい?」
「ニュース?」
「ああ、あの、悪名高いラドロー一味が壊滅したんだよ。」
「えっ?ラドロー一味が?」
「そうだよ。それ以来、ここらの治安が良くなってね。それで、堂々と安心店構えをして商売が出来るようになったんだよ。店の外に商品を出すことで、どうだ?活気に満ち溢れているだろ?昔の商店街は、皆、こうだったんだ。ラドロー一味のせいで、商売がしにくくなってたんだが、いやいや、良かった良かった。」
「それは、良かったですね。」
「ああ、何でラドロー一味が壊滅したかは分かんないんだよ。ひよっとして、リザさん。あんた達、勇者アベルパーティーがラドロー一味を倒してくれたのかい?」
「えっ?」
店主の思いがけない質問により、リザは、一瞬頭が混乱していた。ラドロー一味が壊滅したことは、今、店主に聞かれて初めて知ったことだからだ。
「いや、それは、ないね。勇者様は、魔王討伐でお忙しいんだ。いちいち、商店街の様子なんて、見てるわけないもんね。」
店主のそれは、リザにとっては、とてつもなく大きな皮肉に聞こえた。実際、勇者アベル達は、魔王討伐に向けて、様々な訓練、修行をしてきた。そして、魔族達ともたくさん戦ってきたのだ。それにより、イースト国の平和を築いていたと考えていたのだ。リザも、魔王討伐をすれば、世界が平和になると考えていた1人だ。だが、実際はどうだろう。この商店街は、明らかに平和な雰囲気に満ち溢れているではないか。平和になった原因が、ラドロー一味が壊滅。つまりは、町の平和な光景と魔王討伐は、関係がないということになる。
この事実は、リザが混乱するには十分だった。
「そんな、我々は、平和の為に戦っていたのではないのですか?」
明らかに動揺している表情をしているリザを見て、なんとかリザを落ち着かせようと店主はオロオロしてしまう。
「リザさん。そんな顔しないでくださいますよ。魔王討伐、期待してますから。平和の為に、頑張ってくださいな。」
店主の励ましの言葉は、一切リザに届くことはなかった。リザは、下を向きながら、トボトボと、商店街を後にした。リザからすれば、よほどショックだったのだろう。あまりのショックに、イットの捜索のことなど、すっかり忘れてしまっていた。
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リザ、カイル、エミの3人がイットの情報を得る為に町中を駆け巡っている間、勇者アベルは、1人、ずっと酒場にいた。酒場のカウンターの端の席にて、深めに帽子をかぶり、周りの様子を伺っている。その手には、酒の入ったグラスがあるが、アベルは、一切それを口にすることはなかった。
アベルは、リザ達3人とは違い、この酒場にて、客の会話に聞き耳を立てて情報を得ようとしていたのだ。酒場には、多くの情報が入ってくる。アベルはそこに狙いを定めたのだ。
本来、酒場に来た客一人一人に聞き込みをするほうが早いと思われるが、一般人にとっては、勇者アベルは憧れの的。勇者アベルを見つけるやいなや、情報どころではなく、一般人は舞い上がってしまうだけ。だから、アベルは、帽子を深くかぶり顔を隠すことと、カウンターの端に座ることで存在感を薄くし、自分の存在を隠すことにしたのだ。
「なあ、ラドロー一味のこと、聞いたか?」
「ああ、聞いた聞いた。壊滅したんだってな。」
「らしいな。誰がやったか、知ってるか?」
「いいや、分からないんだ。勇者アベルパーティーじゃないらしいぜ。」
「そりゃそうだろ。勇者アベルパーティーは、魔王討伐で忙しいんだ。こんな一般人のことなんか眼中にあるもんか。」
「そりゃそうだ。勇者様が、街なんて、詳しく見るはずないもんな。」
「そうだよ。勇者様は、王のご機嫌取りで頭がいっぱいなんだ。」
「そうだそうだ。」
聞こえてくるのは、ラドロー一味が壊滅したことばかりだった、その中には、ラドロー一味壊滅の事より、勇者アベルパーティーへの皮肉もちらほら聞こえてくる。だんだんと、アベルの機嫌は悪くなっているばかりだった。帽子の下には、明らかに怒りが込み上がっているアベルの表情。酒場の店主には、その表情がハッキリと見えており、酒場の店主の表情は、だんだんと青ざめていった。
「それにしても、勇者アベルパーティーじゃなかったとして、誰がラドロー一味を壊滅させたんだろう。」
「そういえば、最近、ラドロー一味が慌ただしくなっていたらしいな。その事が関係しているのかも。」
「慌ただしい?ひょっとして、ウエスト国のプジョー一味と対立していたのかな?」
「可能性があるな。それだったら、ラドロー一味が壊滅しても納得だ。なぜなら、プジョー一味のほうが、規模が大きいからな。」
「でも、プジョー一味とラドロー一味が全面戦争でもしたなら、もっと、話題になっていてもいいんじゃないのか?それに、そんなことがあったら、町中が戦争後のようにボロボロになっているはず。」
「確かにそうだな。それなら、やっぱり、勇者アベルパーティーがラドロー一味を倒してくれたのかな?」
「まあ、そう考えるのが妥当だろうな。」
「確かに。」
「と。いうことは、勇者アベルパーティーがラドローを倒したってことでいいのか?」
「ああ、そうだな。そうに違いない。」
「ああ、勇者アベル、万歳!」
「万歳、勇者アベルに感謝、かんばーい!!」
ラドロー一味の規模の大きさを考えて、壊滅できそうな人間は、勇者アベルしか考えられないと、酒場の客は勝手に結論づけてきまった。その盛り上がりは、他の客にも移っていく。こ。うして、ラドロー一味の壊滅は、勇者アベルパーティーによるもの、といった誤った情報が、どんどんと広がっていくことになる。
酒場は、勇者アベルパーティーへの感謝で異様に盛り上がっていくことになってしまっていた。そんな異常な光景を目の当たりにしてしまったアベルは、顔を出せず、さらに存在感を薄めて、カウンターの端にて縮こまることしかできなかった。こんな状況で、アベルが顔を出すと、さらに周りが混乱してしまうのは明らかだったからだ。
「いったい、何が起こっている?あのラドロー一味が壊滅?いったい、誰がやったんだ?俺達は、魔王討伐の事で精一杯だったのに。いったい、この首都オエステでは、何が起こっているのだろうか?」
アベルは、頭が混乱するばかりだった。




