勇者アベル一行が探しているよ。イットさん。
ここは、イースト国首都オエステの中心地、オエステ城。この、オエステ城の王の謁見室に、勇者アベルの一行が招かれていた。そう、魔王ヴァイス討伐の報告のためである。
「おお、勇者アベルとその仲間達よ。よくぞ参られた。では、魔王ヴァイス討伐の経過の報告をしてくれないか?」
王の側近の指示を受け、勇者アベルは、重い口を開いた。
「申し訳ありませんが、魔王ヴァイスの討伐は失敗に終わりました。」
アベルの報告を受け、王は激怒し立ち上がる。
「なんと申したか?勇者アベルよ。貴殿は、魔王ヴァイスの討伐は必ず成し遂げると申していたではないか?それが、失敗しただと?」
王の様子を見て、勇者アベル達は跪く。
「はい。もう一度言います。魔王ヴァイスの討伐は失敗に終わりました。」
王の怒りは増していく。
「ええい。失敗しただと?見たところ、貴殿達は、全員揃っているではないか?本来、討伐に失敗したということならば、激戦の末敗れ帰って来ること。それならば、貴殿らは、何人か欠けているであろう。それなのに、貴殿らはどうだ?全員揃っているどころか、重症を負っている者さえいないではないか?なんだ?魔王ヴァイスに怖じ気づいて戦わずに逃げてきたのか?何が勇者だ。それでは、ただの臆病者ではないか!」
王の罵倒は続く。
「貴殿らは、勇者だからといって、調子に乗っているのではないか?まあ、過去、様々な成果を上げてきたのは認めよう。だが、肝心な時に弱腰ではなんの意味もない。一番重要な時に逃げ出すようでは、そこら辺のゴミと何も変わらないではないか!勇者勇者とチヤホヤされて、怠けてしまったか!愚か者どもめが!」
「そんな、王。我々は逃げてきたのではありません。」
王の、あくまでも逃げてきたのか、臆病者との一点張りの罵倒に耐えられなくなったのか、王の罵声の途中に割ってはいる魔法戦士のカイル。
「なに?無礼者めが!誰が意見して良いと言った?ましてや、勇者でもない、ただの勇者の取り巻き風情が、余と会話できるなど、勘違いするでない!」
王はそう言いながら、カイルの頬を殴り付けた。
「くっ!」
「くっ!、だと?何を悔しがっておる?余に殴られたことが悔しいのか?馬鹿者め!余と対等だとでも思っておるのか?勘違いするなと言っておろうが!貴殿は、勇者の取り巻きでしかない!替えは、いくらでも効くんだ。愚か者めが!」
王の怒りは、全く収まる気配がない。この後も、小一時間ほど、王の罵声は続いた。その間も、カイルは殴られ続けていた。そんな様子を見て、賢者リザと大魔道士エミは、堪えきれずにずっと下を向いていることしかできなかった。すると、この二人にも王が目を付ける。
「なんだ?仮にも、仲間が余と接している貴重な時に目を伏せるとは、何を考えておる?余は王なるぞ。そんな王から目を背けるなど、愚か以外何者でもないわ!」
王は、そう言いながら、リザとエミの頬を何度も平手打ちしていく。カイルは殴られ、リザとエミは平手打ちを受ける。そんな状況が暫く続くと、少しは王の気分が晴れたのか、王の手が止まった。
「もういい。貴殿らには、まだチャンスをやろう。近いうちに、必ずや、魔王ヴァイスを討伐して見せろ!とにかくここから失せるんだ!」
王は、勇者アベル達を突き放すような言い方で言葉を閉めた。それにともない、勇者アベル達は、閲覧室から追い出されてしまった。
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「くそっ!」
イースト国の首都オエステのとある酒場にて、文句を言いながら、空になった酒瓶をテーブルに叩きつけるアベル。そして、店員に追加の酒を注文していた。
「おいおい、アベル。飲み過ぎだぞ。」
やけ酒を浴びるような飲み方を見て、心配するカイル。だが、そんなカイルを、アベルは、キッとにらみ返した。
「カイル、悔しくないのか?あんなにボロクソ言われて。それに、お前達3人はさんざん殴られ続けたんだ。あんなの、いくら王とはいえ、やりすぎだと思わないのか?」
「まあ、確かにあれはやりすぎだとは思うが、魔王ヴァイスの討伐を失敗した事実にはかわりない。」
「けっ。よく、そんな流暢なこと、言ってられるよな!」
なおも、アベルは酒を飲み続ける。同じ席にいる女性2人も、アベルの怒りっぶりに、気持ちが引けていた。そんな中、恐る恐る、リザがアベルに話しかけた。
「ね、ねえ、アベル。そもそも、魔王ヴァイスの討伐は失敗だったのかしら?」
「ああん?どういうことだ、リザ?」
「だ、だって、私達は、まだ、全員無事だもの。それはまだ、私達は、魔王ヴァイスの討伐の途中、ということにはならないかしら?」
「けっ!よく言うぜ!誰が、救急エスケープの魔法を使ったんだよ!お前だろうが!お前は、魔王ヴァイスの討伐を失敗と判断したからこそ、救急エスケープの魔法を使ったんじゃないのかよ!」
「そ、それはそうだけど。」
「なら、アホみたいな事を言ってるんじゃねえ!今後、どうするかを考えろ!次に魔王城の扉が開くのはいつだ?」
「ええっと、ち、ちょっと待って。」
アベルに言われて、あわててノートを鞄の中きら探すリザ。だが、アベルのきつい物言いに動揺しているのか、手が震えて、なかなかノートを探せないでいるリザ。そんなリザを見て、アベルの怒りはどんどん大きくなっていく。
「まだか?早くしろ!モタモタしていると、それこそ魔王討伐ができなくなる!」
「は、はい。待ってよ。」
涙目になるリザ。そんな彼女を追い込むように、アベルは、トントンと、指で机を叩き出した。早くしろ、と言わんばかりに。そんな様子のアベルに対し、カイルはとうとう我慢がならなくなった。カイルは、アベルの胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。
「おい、アベル。いい加減にしろ!魔王ヴァイス討伐に失敗したのは、俺らの力が足りなかったからだ。決して、リザだけのせいじゃない。お前自信も、俺達と同じ。討伐に失敗したんだ。それを、リザに当たるなんて、勇者とは思えない、なんて様だ!」
カイルに、図星とも言えるような指摘を受けたことに、ますます腹を立てるアベル。
「うるせえカイル!なんだ?みんなして。傷の舐めあいでも、しようってのか?俺はごめんだね。一刻も早く魔王ヴァイス討伐のために動くことこそが正義なんだ。誰かを庇ったりとか、そんなことはどうでも良い。俺達は、泣き言は言ってられないんだ。」
「そう言うなら、リザに当たるのは止めろ!」
「なんだと!」
「ちよっと、2人とも、止めてよ!」
3人が揉めている中、ただ一人冷静に、静かに酒を飲んでいるエミ。その傍らには、大きな袋が置かれていた。
「3人とも、ちよっと、いいかしら?」
「なんだ?エミ?」
「アベルの言うことにも一理あるわ。私達は、魔王ヴァイス討伐の為に動くことが先決なのよ。だから、みんな、落ち着いて。カイルも、その手を離して。とりあえず落ち着いて、皆、一旦座りましょう。」
エミ言われて、しぶしぶ手を振りほどき席に座るアベル。そんなアベルに何か言いたそうな顔をしながら、仕方ない、という表情で座るカイル。リザは、エミの言葉で落ち着きを取り戻し、鞄からノートを取り出し、机の上に置いた。
「良かった。みんな、落ち着いたわね。じゃあ、始めるわよ。私達は魔王ヴァイス討伐に失敗した。ここまでは良いわね。それで、今大事なことは、何故、私達が魔王ヴァイス討伐に失敗したかを考える必要があるわ。そうよね、カイル?」
「あ、ああ。そうだな。それで?負けた原因って?」
「そうね。でも、まずは、これを見てちょうだい。」
エミはそう言って、机の上に大きな鞄を置いた。
「これは?」
「そう。これは、魔王ヴァイスの部下が持っていた鞄よ。中には、大量の金が入っているわ。」
「それが、何か?」
「いい?私達が魔王城に行った時、明らかに、魔王側はおかしかったわよね。魔王側も、魔王自身も。とても、魔王と呼べるような感じではなかった。私達勇者一行が来ても、どこか上の空だったわよね。」
「まあ、確かに。俺達に構っている暇はないって言ってたよな。」
「そうね。それで、その後に来た謎の男。魔王は、あの謎の男を相当恐れていたわ。それに、謎の男は、魔王に金を貸している、とも言っていた。私達は、その、謎の男に会ってから、急に動けなくなったりと、散々な目に合ったわ。だから、私達は、まず、その謎の男の事を調べたほうが良いと思うの。」
「何故、そう思う?」
「いい、もう一度言うわ。魔王ヴァイスは、あの謎の男を恐れていたの。だから、私達は、その謎の男を探して、魔王との関係を聞くのよ。そうすれば何か分かるかもしれない。魔王ヴァイス討伐ができなくなった理由も分かるかもしれない。幸い、原因は不明だけど、魔王は大きな傷を負っている。それも、あの謎の男が何かしたに違いないの。すべて知ることが出来れば、魔王ヴァイス討伐も出来るようになると思うの。」
「なるほどね。」
エミの説明に、カイルは納得したようだった。アベルも、エミの説明を聞いて、なんとか魔王ヴァイス討伐の光明が見えたのか、先程までの怒りは収まっているように見えた。そのアベルの様子を見て、リザも落ち着きを取り戻したようだ。
「ねえ、エミ。最近の魔王城の扉は10日に1回のペースで開いているわ。その事も、あの謎の男に関係があるのかしら。」
「さあ、それはどうかしら。その事も含めて、謎の男を探し出す必要がありそうね。魔王ヴァイスのあの傷は、10日では治らないと思うの。だから、これから10日以内に謎の男を探しましょう。これはチャンスなのよ。
今のところ、私達は何故か魔王城に入ることができなくなっているの。その原因も、あの謎の男が関係しているのかも知れないわ。だから、10日以内にあの謎の男を探しだし、すべての問題を解決して、魔王ヴァイスを討伐しましょう。」
エミ提案に、カイルとリザは首を縦に振る。だが、アベルは、どこか納得していないようだった。
「なに?どうしたのアベル。何か納得いかないの?」
「いや、謎の男探すっていっても。どうやって探すんだ?俺達には、なんの手がかりもないんだよ。」
「それは大丈夫よ。私の使う魔法には、あれがあるもの。」
「あれ?」
「そう。ピクチャーメモリーよ。これは、任意の映像を保存し、紙等に転写することができるの。アベルも知っているでしょ?」
「ああ、あれか。」
「あれで、私は、あの謎の男の顔を写した紙を持っているの。これを使って聞き込みをすれば、きっと見つかるわ。」
「ああ、なるほどね。」
「そうと分かれば、みんなで手分けして探しましょう。今日の夕食の時間に、またここで待ち合わせしましょう。」
エミは、全員にイットの顔が写った紙を配った。それを受け取ったアベル達は、それぞれ酒場をあとにし、聞き込みを開始するのだった。




