新入社員だよ。イットさん
ダウジングマップを手に入れたラバー。すぐに、ラドロー一味のアジトへと戻り、ダウジングマップをラドローに差し出した。
「おお、これがダウジングマップか。」
「はい。そのようで。プジョー一味もたいしたことありませんでしたよ。楽々ゲットすることができました。」
「おお、でかした。では、これを使い、「万能辞書」を探せばいいんだな?」
ラドローが、ダウジングマップを使うと、そのマップから、「万能辞書」があるところが浮き出てきて表示された。そこにはウエスト国立図書館保管庫が表示されている。
「な。なんだと?ウエスト国立図書館保管庫だって?んな馬鹿な。そんなところ、警備が分厚くて入れるはずがねえじゃねえかよ!」
ラドローの怒りが頂点に達した。それは、仕方がないことなのに。ウエスト国立図書館保管庫と言えば、古くからの書物等を厳重に保管している所だ。当然、警備も分厚くなる。そんなところに侵入したことがばれると、今度は、国自体と敵対してしまうことになる。そうなっては、さすがのラドロー一味でさえ部が悪い。今まで繋がっていた貴族や王族達は皆、手の平を返すようにラドロー一味を切り捨てるだろう。だからこそ、ラドローはブチキレた、ということなのだ。
だが、イットの「契約」というスキルの事を調べないことには、イットに対抗できないとラドローは考えていた。イットに対抗するためには、どうしてもリスクを背負わなければならない。だからラドローは、ウエスト国立図書館保管庫に侵入することを決めた。
そうなると、隠蔽のスキルを持つラバーの出番になる。さすがにラバーもウエスト国立図書館保管庫への侵入のリスクは承知。だが、断ろうとすれば、ラドローに殺されるのは必至。結局ラバーは、渋々ウエスト国立図書館保管庫への侵入を了承するしかなかった。
「くそう。何で俺がこんなことをしなければならないんだ?さすがに、ウエスト国立図書館保管庫はやばすぎる。あそこの警備の厳重さには、俺の隠蔽のスキルは、なんの役にもたたない。絶対に侵入なんて、上手くいくわけがない。だが、やらなければ、ボスに殺されるだけ。どうすればいいんだ?」
ラバーは悩んだ。ウエスト国立図書館保管庫に侵入するかしないか、どちらにせよ、ただではすまない。悩んだ末に、ラバーが選んだ結末は、ギブアップすることだった。
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「いらっしゃいませ。」
受付嬢の挨拶が聞こえるこの場所は、イット金融。ラドローは、ウエスト国立図書館保管庫に侵入することなく、イット金融に来ていた。ラドローは受付嬢に訪ねた。
「イットさんはいるか?」
「はあ、社長ですか?」
「ああ、そうだ。俺は、ラドロー一味の幹部のラバーというものだ。とりあえず呼んでくれないか?」
「はあ、アポイントはお取りでしょうか?」
「いや、そんなのは取ってない。取り敢えず呼んでくれ!頼む。」
ラドローの必死な表情を見て、受付嬢は異変を感じ取ったのか、無言で奥の方へと消えていった。暫くすると、イットが現れた。
「はいはい。あんた、ラドロー一味な幹部だって?」
「ああ、あんたがイットか。ああ、俺は、ラドロー一味の幹部のラバーというものだ。」
「ふうん。それで、ラドロー一味の幹部様が、何のようでここにきたんですか?50000ゴールドを払うために来た、ということじゃないでしょう?」
「ああ、そうだ。」
「それなら、何ですか?まさか、サニタスネックレスを奪いに来たの?こんな白昼堂々?いい度胸だな。」
「ち、違う。そんなことをしに来たんじゃない。」
「それなら、何しに来たんだ?こっちは忙しいの。無駄な時間は使いたくないんだ。早く、用件だけ言ってくれないか?」
イットの態度は、明らかに相手を馬鹿にしているものだった。普通なら、天下のラドロー一味がそんなことをされたら、相手は確実に殺される。ラバーも、同じことを過去にしてきたことがある。だが、今のラバーは、そんなことはしなかった。部下達が得たいの知れないスキルで何十人もイットに殺されていることをラバーも知っている。下手にイットに攻撃すれば、違いなく返り討ちにあうことは明らかだからだ。
「用件を言う。その代わり約束してほしい。」
「約束?なんだそれは?」
「とにかく、俺の用件は、最後まで聞いてほしい。何かするにしても、まずは、俺の話を聞いてほしいんだ。」
「ふーん。取り敢えず、最後まで聞けばいいんだな?」
「ああ。そうだ。」
「いいだろう。話してみろ。」
「ああ。さっきも言ったが、俺はラドロー一味の幹部のラバーというものだ。あんたは、ラドローに50000ゴールドの貸しがあると聞いてる。担保として、サニタスネックレスを奪ったことも知ってる。その状況に納得できないラドローは、ある計画を立てていたんだ?」
「計画?」
「ああ、そうだ。」
「まあ、だいたい予想はつくな。まあ、50000ゴールドを踏み倒しつつ、サニタスネックレスを奪い返すって、とこだろう。」
「まあ、そんなところだ。だが、あんたの得たいの知れないスキルで、こっちは何十人も殺された。あんたに対抗するには、まずはあんたのスキルの詳細を知るところから始めて、そこからあんたに対する対策を考えようとしていたんだ。」
「ほう、まあ、そんなことだろうな。それで?」
「それで、あんたのスキルの詳細を知るためには、魔道具「万能辞書」が必要だと分かったんだ。それで、「万能辞書」のありかを知るために、俺はラドローの命令で、魔道具「ダウジングマップ」を手に入れたんだ。」
「ほお。魔道具を探すために、魔道具を手に入れたのか。」
「ああ、ダウジングマップを手に入れたまでは良かったんだが、そこから大きな問題が発生したんだ。」
「大きな問題?」
「ああ。魔道具「万能辞書」のありかを、ダウジングマップを使って調べてみたら、ウエスト国立図書館保管庫にあると分かったんだ。」
「うん?それの何が問題なんだ?場所が分かれば、そこから先は、盗賊のあんたらの得意技だ。さっさと奪えばいいんだ。」
「そういうわけにはいかない。あそこの警備の厳重さは異常なんだ。俺のスキル「隠蔽」を使ったところで意味はない。それほど厳重な場所なんだ。さすがにそこへの侵入は無理。だがラドローは、俺にウエスト国立図書館保管庫への侵入を命令したんだ。正直、そんなことは、さすがにできない。だからといって、ラドローの命令に従わなければ、俺は殺される。ウエスト国立図書館保管庫へ侵入し捕まれば、おそらく、その場で処刑される。
つまり、俺の行く先は、どちらにしろ死しか待っていないんだ。」
ラバーは、今、自分が置かれている状況を全てイットに説明した。だがイットにしてみれば、それは用件ではない。ただ、状況説明を聞いただけ。だから、何が言いたい?と言いたげな表情になっていた。
「ふーっ。まあ、お前さんの状況は分かったけど、それで、お前さんはどうしたいの?」
「ああ、前置きが長くなってすまない。」
「いや、それはいい。最後まで聞くと約束しただろう。早いところ、用件を言ってくれ。」
「ああ。できれば、俺をここで雇ってほしいんだ?」
「雇う?」
「ああ。そうだ。」
「メリットはあるのか?」
「十分にあると思う。」
「ほう。すごい自信だな。」
「ああ、俺のスキルは「隠蔽」。それを駆使して、魔道具「ダウジングマップ」を手に入れたんだ。ダウジングマップは、プジョー一味のアジトにあった。それを、俺が一人でアジトに潜入して奪ってきたんだ。」
「ほう。それの、何がすごいんだ?」
「!!あんた、プジョー一味を知らないのか?あそこは、ウエスト国最大の盗賊一味なんだ。俺達はイースト国では、巨大な盗賊一味なんだが、おそらく規模はあいつらが上。そんな奴らから単身乗り込み、魔道具を奪ってきたんだ。だから、俺を雇えば、役に立てると思う。」
「役に立てる?」
「ああ、俺のスキル「隠蔽」は優秀なスキルなんだ。どんなところへも侵入できるし、暗殺だってできる。だから、役に立てるはずだ。」
「どんなところでも?」
「ああ。」
「それは嘘だね?」
「いや、嘘じゃない。」
「いやいやいや、それなら、ウエスト国立図書館保管庫へ侵入して、万能辞書を奪ってこればいいじゃん。それが出来ないからここに来てるんだろう?違うか?」
「いや、違わないな。すまない。」
「お前、本当に馬鹿だな。いいか、俺達は金融業。だから、侵入や暗殺なんて必要ないの。大事なのは、金の回収能力。それ以外は必要ないの。分かる?」
「くっ。分かるが、それでも、役に立てると思う。返済をしぶった奴らの金を隠蔽のスキルを使って奪うことが出来るはずだ。」
「はああ。本当に馬鹿だな。それは、回収とは言わない。ただの窃盗だよ。俺達は、相手からきっちり金の返済を受けることを守っているからこそ、こうして商売をやっているんだ。だから、そんな泥棒みたいな奴は要らないの。いい加減分かれよ!」
「なら俺は、もう死ぬしかないのか?」
「さあ、それは俺は知らないよ。」
「くそ。だが、それでも、雇ってほしいんだ。」
「しつこいな。何でだよ?」
「あんた、魔道具には興味あるだろ?」
「まあ、興味はあるな。」
「なら、俺は魔道具を集めて、あんたに献上しよう。それなら、俺を雇う価値はあるはずだ。」
「はああ。やっぱり、お前は馬鹿だ。大馬鹿。魔道具を、手に入れる?万能辞書を手に入れることが出来てないだろ?いい加減、諦めろ!」
「い、いやだ。諦めたくない。」
「どうしてもか?」
「ああ、どうしてもだ。」
ラバーは、本当にしつこかった。イットにどれだけ馬鹿にされても、とにかく粘っていたのだ。そんな様子のラバーを見て、始めてイットの表情が柔らんだ。
「そうか。ここまで粘ったやつは始めてだ。いいだろう。その意気に免じて、お前を雇ってやる。その代わり条件がある。」
「条件?」
「ああ、お前、さっき、ダウジングマップを手に入れた、と言ったろ?」
「ああ。」
「なら、それをよこせ。」
「ああ、でも、そうしたいんだが、無理だ。」
「無理?」
「ああ。ダウジングマップは、今は、ラドローが持っているんだ。」
「ふーん。それで、どうするんだ?」
「な、なら、ラドローから、ダウジングマップを奪って、あんたに献上するよ。」
「そんなこと、出来るのか?お前は、ラドローに逆らえないからここに来たんだろ?お前はもともと、ラドローには勝てないから、ラドローの部下になったんじゃないのか?そんなお前が、ラドローからダウジングマップを奪うなんて出来るのか?」
「どうせ死ぬなら、やるだけやってみる。」
「ほう。それは本心か?」
「ああ、あんたに雇ってもらえなければ、どうせ死ぬしかないんだ。それなら、やるだけやってみるしかないんだ。」
ラドローの決意を聞いて、イットは上機嫌になり、高々と笑いだした。
「ハッハッハ!気に入った!そこまで根性があるとは思わなかった。いいだろう。やってみろ!ラドローから、ダウジングマップを奪って、もう一度ここに来るんだ。そうすれば、正式に雇ってやる。」
「ああ、任せてくれ。何とかしてみる!」
「いや、何とかしてみるんじゃない。必ずやり遂げろ。今のお前なら絶対に出来る。」
「絶対に出来る?」
「ああ、お前は、まだ正式ではないが、もう、俺の部下だ。それなら、お前は、俺の代わりにラドローから50000ゴールドを回収しに行くんだ。その時に、50000ゴールドの利息として、ダウジングマップを受け取れ。そうすれば、絶対に手に入れることが出来る。」
「そうなのか?」
「ああ、そうだ。それこそが、俺のスキル「契約」なんだ。」
「「契約」?」
「ああ、俺とお前の間には、今、雇用契約が結ばれた。ということは、お前がラドロー一味のアジトへ行く時は、ラドロー一味として行くのではなく、イット金融の社員として行くんだ。ということは、お前とラドローの間には、金の賃貸契約があることになる。ということは、俺のスキルの範囲内だ。ここまで言えば分かるよな?とにかく、行ってこい!」
「あ、ああ。」
イットの命令で、ラバーはラドロー一味のアジトへ向かうことになった。ラドロー一味の幹部ではなく、イット金融の社員として金の回収をするために。




