勇者アベルの進行。魔王の異常。
「ようやく魔王城についたぞ。」
雷鳴轟き、分厚い雲に覆われた空。周囲に常に降り注ぐ雷。そんな危険な天候にも臆することなく、背中に大きな剣を携えた青年は、そう意気揚々と言葉にしていた。
青年の目の前には、とてつもなく巨大な城がそびえ立っている。青年の言葉からすると、この建物は魔王と呼ばれる者が居住している建物なのだろう。
「みんな、乗り込むぞ。準備はいいか?」
青年は、そう言いながら、とてつとなく大きな扉を開けた。ゴゴゴゴ、と大地が震えるような轟音と共に、扉は開いた。音から察するに、この扉は、とんでもない重量であることが容易に想像できる。だが青年は、意図も容易く開けてしまったのだ。
そんな青年を見て、青年の後ろにいた男が感心しながら青年を誉めていた。
「おお、こんなにも簡単にこの扉を開けてしまうとは。さすがは、勇者アベルと言ったところか。」
そう、この青年アベルは、世間から勇者と呼ばれているのだ。この世界は、無数の魔物が生息しており、人々は思うように生活ができないでいた。そんな中、アベルが立ち上がった。アベルは、この世界の魔物を討伐しながら、この世界の魔物が発生している原因を探求していたのだ。そして、この世界の魔物が発生している理由が、この魔王城が大きく関係していると突き止めたのだ。
現在、ここには、勇者アベルの他に、魔法戦士カイル、賢者リザ、大魔道士エミの計四人がいる。カイル、リザ、エミは、勇者アベルの活動に賛同し、共に戦おうと、一緒に行動している者達なのだ。
「カイル、茶化すなよ。ここから先は、何が出てきてもおかしくはないんだ。集中力を切らすんじゃないぞ。」
「わかってるって。」
「二人とも、言い合いをしている暇はないんじゃないの?ここは魔王城。敵地のど真ん中なのよ。」
「わかってるって。リザは、昔から真面目すぎるんだ。少しは肩の力を抜いた方が、よく回りが見えるんだぞ?なあ、アベル。」
「まあ、俺は、カイルほど気が抜けたりはしないが、確かに、ずっと気を張りっぱなしでいるよりかは、ある程度リラックスした方が、視野は広がると、聞いたことがある。」
「へえっ。誰から?」
「いや、エミから。」
「まあ、エミは確かに物知りだものね。今はあんなだけど。」
そう言っているリザの視点が気になったのか、アベルはリザの目線を追った。目線の先には、マグマの塊のような、とても物騒なものを右手の手の上に浮かせているエミの姿があった。
「おい、エミ!何で、そんな大魔法を準備しているんだ?危ないだろ!」
「アベル。ここは魔王城なのよ。どこから魔物が襲ってくるか分からないもの。」
「いや、そうだが、そんな威力のある魔法を屋内で使ったら俺達も巻き添えに…」
「何?」
「いや、何でもない。先を急ごう。」
ここで無駄なやり取りをしていても意味はない、と感じたアベルは、会話をやめ、先導して魔王城へと入っていった。
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「おい、アベル。何かおかしくないか?」
静寂の中、魔王城内を進んでいる四人の中で、カイルが最初に口を開いた。
「ああ、確かに、おかしいな。」
カイルとアベルがおかしいと感じているのには理由があった。魔王城に入ってから、ずっと続いている静寂。アベル達四人にしてみれば、ここは敵地のど真ん中なのだ。それなのに、この静けさ。魔王城に入ってから、結構なじかんがたっているのに、まだ四人は、一度も戦闘をしていない。
「変だな。なぜ、誰もいないんだ?」
「アベル、それだけじゃないわよ。辺りをよく見て。」
「どうしたんだ、リザ。何か変な物でも見つけたのか?」
やや薄暗い魔王城内では、周囲の様子をハッキリと確認することはできない。だから、広範囲を警戒するための視界確保として、リザは周囲を照らす魔法を使っていた。だからこそ、この魔王城の異常な光景にいち早く気付いた、というわけなのだ。
「どういうことなの。この魔王城。外から見た時は分からなかったけど。全く手入れされていない。まるで廃墟のようだわ。」
「なんだと?それじゃ、魔王は、ここには、もう、いない、ということなのか?」
「いや、それはまだ分からないわ。とにかく、最深部まで行ってみましょう。」
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地下一階、地下二階、地下三階、と、どんどん進んでいったアベル達。その間、一度も敵と遭遇することはなかった。
「やはり、魔王は、ここにはもう、いないのか?」
「いや、待って。」
リザがそう言うと、前方から、人影のような者が近付いてくる。
「ようやくお出ましか。魔王軍の幹部か?」
アベルは、待ってました、と言わんばかりの表情になり、背中に携えた剣を両手にとり、人影が見える方向に構えた。完全に臨戦態勢となった。アベルに続いて、カイル、リサ、エミも、戦闘の構えをとった。
「さあ、来やがれ!」
アベル達が戦闘体制をとっているのは、周囲から見ても一目瞭然なのだが、なぜか、アデル達に警戒する様子を見せることなく、人影は、真っ直ぐ近付いてきた。
アデル達の目に、ハッキリと、その人影の姿を捉えることが出きるまで近付いた時、そこで初めて、相手がアデル達がいることに気付いたようだった。
「げげっ!なんだ?誰だ、お前達は!」
アデル達を見て、相当驚いている、その者は、やつれたスーツを来た魔人だった。大きな鞄を担いでいる。その様子は、戦闘を始める、という感じとは程遠いものだった。
「我は勇者アベル。魔王ヴァイスを討伐するために来た。答えろ。魔王ヴァイスはここにいるのか?」
アベルの問いを聞いた魔人は、明らかに動揺していた。
「なに?勇者アベルだと?ヴァイス様を討伐?」
「そうだ。覚悟しろ。」
自己紹介を終えて、いざ、戦闘開始だと言わんばかりに、やや腰を落とし、両足に力を込め、一気に突進しようと構えを取るアベル。そんなアベルに対し、魔人は、以外な言葉を発した。
「ま、待ってくれ。今は、それどころじゃないんだ。お前達に構っている時間はないんだ。今日のところは、引き返してくれないか?」
「はあ?なんだよ、それ。」
あまりにも情けない魔人の言葉に、カイルは、ただただ呆れ、力が抜けてしまった。
「カイル、油断するな。それも、相手の作戦と考えろ。俺達を油断させるために、わざと情けない振りをしているかも知れないんだ!」
アベルはそう言って、魔人の様子を気にすることなく、一気に前進し、その大きな剣で魔人に斬りかかった。
「ギャアアアアッ」
アデルの斬撃は、見事、完璧に決まり、魔人は真っ二つになった。
「えっ?これで終わりなのか?」
あまりにもあっけなく終わってしまった、魔王軍の幹部と思われる魔人との戦闘だった。魔人は、アデルの先制攻撃に反応できず、あっという間に決着してしまったのだ。いや、反応できなかった、というよりは、魔人は、持っている鞄を守ろうとしていただけのようだった。
戦利品として、カイルは、魔人が持っていた鞄の中を確認した。
「お、おい。みんな!見てみろ!すごいぞ!」
鞄の中には、ぎっちりと大量の金がはいっていたのだ。
「どうして、こんなにも大量の金が入っているんだ?この魔人は、なんのために、こんなものを持っていたのだろうか?」
考え込むアベルだったが、カイルは、全く気にしていなかった。
「まあ、いいじゃねえかよ。儲けたと思えばいいじゃん。これも、立派な戦利品だよ。」
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先程の魔人との戦闘を終えたアベル達は、さらに深く進んでいた。そして、ついに、魔王城の最深部に到達した。
「ついに、来たのね。」
「ああ、ようやく、魔王を倒す時が来た。」
「そうだな。大量の戦利品もゲットしたことだし、これで魔王を倒せば大万歳だぜ。」
「はやく、行きましょう。」
最深部の魔王の部屋と思われる扉を開けると、アデル達の目の前に、机に座って頭を抱えている魔王ヴァイスの姿があった。その姿は、全くもって、魔王の威厳は感じられなかった。魔王ヴァイスの着ている服装も、貧相なものだった。
「こ、これが、魔王?」
あまりにも、想像していた様子とは違っていたと感じたアベルは、つい、そう、声に出してしまっていた。