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そこそこ広いはずの執務室だが、背の高い男性が3人もいると圧迫感がある。
叔父様がわざわざこちらに出向いてくれたので、そのまま打ち合わせとなったのだ。
「私が見る限りは、ベルナドットの魂が変化した様子はないよ。身体変化については精神は関係無いんじゃないかな」
叔父様は【人の『魂』の色が見える】異能持ちだ。
ここで便宜上『魂』と呼んでいる概念は、生命力とかオーラとか言い換えてもいいかもしれない。
なお、「クリストフの膝に乗せたままでは色が混ざってよく見えないのでおろしなさいね」と言ってくれたおかげで離してもらえたので、その点大いに感謝している。
『魂』は人の本性を表すらしく、否応なしにそれが見えてしまうということは、なかなかにしんどいものがあると言っていた。
叔父様の早期リタイヤの原因の一つには、そういうこともあるのかもしれない。
「私自身も、内面の変化は感じていませんので納得です」
「……ただ、何かさっきからチラチラと、糸みたいなものが時々見えるんだよ」
昔の服を引っ張り出してきたので、どこかほつれてでもいるのだろうか。
くるりと裾を回して見るが、それらしきものは見当たらない。
「そういうことじゃなくて、なんと言ったらいいか……君の魂に、ほんの少しの気配だけど、マーキングがされているんだと思う」
「マーキング?」
あの時につけられたのだろうとは思うけど……何のために?
意図が掴めず、隣にいるクリストフと顔を見合わせる。
「もう少し良く見えれば、辿ることができそうだけど……まだ安定していないようだ」
そう言って、叔父様が目を細めて私を見る。
「辿ることができれば、身体変化の原因がわかりそうですね」
「十中八九、マーキングをつけた者の仕業だろうからね」
ひとまず現状で探れそうなのはここまでのようだ。
折を見て、また糸の様子を見てもらうことにした。
叔父様と父様はまだ話があるらしく、連れ立って部屋を出て行った。
クリストフと2人、部屋に残る。
「なんのためにマーキングなんかしたんだろうね?」
まるで、現象を起こした自分を探してほしいかのようだと思う。ということは、悪意あって起こしたことではないのかもしれない。
「誰だか知らないけど……ベルに目印をつけるなんて気分が良くない」
先程から憮然としていたクリストフが、後ろから抱きついてくる。
私が小さくなったせいか、昨日から遠慮なくぺたぺたとくっ付きたがって、義弟まで幼児退行している気がする。
「あのね、子どもに見えるけど中身は私のままなんだから、抱っこされたり抱きつかれたりするのは恥ずかしいんだよね……」
やめて欲しい、と訴える。
「……それってどういう意味?」
低音の声がうなじあたりで発せられて、こそばゆい。
「どういうって、そのまま、恥ずかしいってことだけど」
「少しは意識してるってこと?」
「何を?」
耳元でぼそぼそ話されるのがくすぐったくて身を捩る。
「もう、離してってば。仕事しないと!」
「わかった」
瞬間、首の後ろに柔らかいものが押し当てられて、ちゅうっと吸われた。ピリッと微かな痛みが走る。
「悔しいから俺もマーキングしといた」
私が突然の思わぬ行動に驚いている隙に、クリストフは捨て台詞を残して逃げるように退出していった。
キスされたうなじを合わせ鏡で確認すると、淡いけれどしっかりキスマークが付いている。
あのばか義弟……!
こんなもの子どもっぽい独占欲だ、と思ってみても、案外色っぽい印を認識してからずっと心臓がうるさい。
時々、義弟が私を口説いていることぐらい気がついている。
今までは相手にしなければそれで済んでいたのに、昨日からどうも調子がおかしい。
向こうが遠慮なく距離を詰めてくるし、私も変な気分になる。
身体変化の原因も探らなくてはいけないのに……ああ、問題が山積みだ。
とりあえず目の前の仕事に集中し、気を紛らわせることにした。