7
結局、二度寝して目が覚めた時には、クリストフはもう起きた後だった。
身支度をしている後ろ姿が見える。
昨日は何もせずに寝てしまったので、私も支度をしないと、と起き上がった。
その気配に、振り向いてこちらにやってくる。
「おはよう、よく眠れたみたいだね」
体調を気遣うように頭を撫でられた。
「うん、昨日はベッド使っちゃってごめん」
「別に……いつでも使って構わないよ」
いやいや、こっちが構う。
とりあえず湯浴みと着替えをしたい、と伝えてベッドを降りる。
動くと、ふわっと自分の身体からクリストフの香水の香りがした。
「クリスの匂いがする……」
やっぱり、いい香りだなと思う。
髪を持ち上げて香りを嗅いでいると、クリストフが顔を抑えて向こうを向いていた。
「?……あっ、違うよ、臭いとかじゃなくていい香りだなって……」
怒らせたのかと慌てて言い直すが、クリストフはそれを手で制して、
「……大丈夫、気にしてないから、早く支度してきて……」
ちょっと苦しそうにそう言った。
よかった、怒ってはいないようだ。
ちらっと見える耳が赤い。もしかしたら、変な体勢で寝させてしまったので、具合が悪いのかもしれない。
「私はこの香り好きだよ、本当だからね!」
誤解を解消しておこうと、念押しして部屋を出る。
ドアが閉まる前に「駄目押し……!」という声が聞こえたが、あれ、だめだった?
……後で謝っておこうか。
自分の部屋に戻って、お湯の準備をしてもらっている間にクローゼットの中を確認する。
昨日までの中身は片付けられたようで、いまの私のサイズの服が並んでいた。
うちの使用人たちは仕事が早くて、優秀だなあ。
並んだ服は見覚えのあるものが多く、やっぱりこれ全部取ってあったのか、と、ちょっと引いた。
これから職場へ向かうため、シンプルな濃紺のジャケット、白のブラウスにボウタイ、膝丈のスカート、靴は編み上げのブーツを選ぶ。
学生の制服みたいな、目立たない感じの組み合わせ。
昨日の帰りのように悪目立ちしたくない気持ちの表れだ。
さっと湯浴みをして、選んだ服に着替え、髪を整えてもらっていると、ノックの音がしてドアが開く。
……だから、返事の前に開けたらノックの意味が無いというのに。
朝からニコニコ笑顔の父様が入ってきた。
「おはよう、ベルナドット」
父様は、基本的にいつも機嫌が良い。
そして、機嫌が良くても悪くても、だいたい笑顔だ。
たぶん、大抵の事態ではこの笑顔が崩れることはない。
「おはようございます、父様」
「懐かしい服を着てるね。またこれを着ることになるとは思わなかったけど、残しておいてよかったねえ」
なるほど、サイズアウトした服の保管を命じたのは父様だったのか。
この調子ではクリストフの服も保管しているに違いない。
「今日は、まず兄上に会いに行こう」
「叔父様に?」
「うん、協力してもらえるんじゃないかと思って。昨日、簡単に説明はしておいたから」
叔父様は前の国王だ。
まだ引退するような年齢ではないのだが、「息子のほうが施政者として優れている」という理由で早期リタイアを希望して、今は相談役をやっている。
「じゃあ、朝食を食べに行こうね」
自然に手を繋いで食堂へ向かおうとする。
「子どもじゃないので、一人で歩けます」
「昨日抱っこできなかったから……だめかな?」
小首を傾げる姿は、元々の顔立ちが良いこともあって、中年男性のくせにあざとい。
断りにくい……。
こういう風に母様に迫ったんだな、きっと。
「……今日だけですよ」
渋々、子ども扱いを承諾して朝食に向かった。
手を繋いで上機嫌の父様だったが、食堂に着くなり母様に「あらあらあらあら」と、あっという間に私を掻っ攫われる。
「まあ、本当に若返ってるのね」
お尻はぺったんこだし筋肉も全然無いし、これから成長期なのね!と、遠慮なくぺたぺた全身撫で回されて困っていると、クリストフが助け舟を出してくれた。
「ユマ様、そろそろ出かけますので」
そう言って、ぐいっと私の手を引く。
そのまま抱き上げられそうだったので、勢いのまま、くるりと身をかわして手を振り解く。
「行ってきます!」
捕まる前にさっさと歩き出した。
後ろからクリストフが追いかけてきたけど、動いている私を捕獲することは難しいのか、並んで歩くことにしたらしい。
よし、今日は歩きやすい靴を選んだことだし、このまま歩いて行くことにしよう。
馬車に乗ったりして、また抱っこされてはかなわないからね。