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幼かった頃のことを思う。

私が12歳、クリストフが4歳の頃の記憶。


我が家にやってきてからのクリストフは、徐々に明るさを取り戻していたように見えたが、一朝一夕に心が回復するはずもなく、夜になると家族を思い出して泣いていた。


そういう時は、決まって隣の私の部屋にやってくるのだ。


「ねえさま……さみしいから一緒に寝て……」


震える声で、擦り寄ってくる。

しがみつく手が存外に力強く、不安な心の重さを表しているようだった。


ある日、いつもよりもひどく泣きながら私の部屋に来た。


たった一人で家族を亡くした悲しみに苛まれている義弟が哀れで。


「もし私がクリスの気持ちをわかることができたら、少しは慰めになるのかもしれないね」


そう言って自らの異能を明かしてしまった。


「私はね、ひとの涙を飲めばその人の心がわかるんだ……

嫌じゃなければ、君の悲しい気持ちを少し分けてくれる?」


クリストフは少しの間の後、こくり、と小さな頭を下げて頷いた。


私の異能は【体液を摂取した相手の感情を共有できる】こと。

涙や血液、唾液など、体液を取り込むと相手の感情を自分のことのように感じることができる。

使い所が難しく持て余していた能力だが、震える義弟の心に寄り添うために使えるなら、それもいいかと思った。


濡れた瞼に唇を寄せて涙を吸い取ると、ややあって、悲哀、寂寥、孤独、不安、困惑……クリストフが抱える感情が私の内に流れ込んできた。


こんな小さな子がこれに耐えていたのか、と身震いするほどに渦巻く負の感情に、意図せず眉をしかめたらしくクリストフの瞳が不安に揺れていた。


「……悲しい気持ちも辛い気持ちも、クリスの気持ちなら、いつでも引き受けるから」


クリストフが少しでも救われることを願って、そんな2人だけの約束をした。


それからは、クリストフが泣きながら部屋に来ると、涙を拭ってやり、そのまま離れたがらない義弟を抱きかかえて同じベッドで眠るようになった。

その習慣は、クリストフが10歳になる頃まで続いていたと思う。


あの頃は小さくて、私の腕にすっぽり収まっていたのにな……。


目覚めてすぐに、なぜこんなことを思い出したのかといえば、あの頃とは逆に大きな腕に抱えられているせいだ。

抱えているのはこの部屋の主、クリストフ。


昨日、私はあのまま寝てしまったのだ。


これは、人のベッドで睡眠を貪った私が悪い。

だからって一緒に寝るのはどうなんだろう……。

いまは子どもの姿とはいえ、いい歳をした義弟と同衾は気恥ずかしいことこの上ない。


そっとベッドを抜け出そうとして、起こさぬようにそろそろと身じろぎすると、不意に耳元で「どこに行くの」と声がして引き寄せられる。


ほんのり目が覚めかけているクリストフだが、ぼんやりとして眠そうな顔をしている。


「自分の部屋に戻るよ。まだ早いからゆっくり寝てるといい」

「……んーだめ、もうちょっと」


寝ぼけているのか言いたいことが伝わらない。

結局、私をがっちりと固定したまま、また眠ってしまった。

抜け出すのは難しそうだ。


仕方ない、私ももう少し眠るか……。

温かな体温を感じながら、うとうとと微睡んでいった。

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