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帰りの馬車に乗って数分、正直歩いても帰れる距離の我が家に着いて、馬車を降りる。
「お帰りなさいませ」
執事のジョンソンが、いつもと変わらぬ様子で出迎えてくれる。
「ジョンソン、彼女に合うサイズの服を一式揃えて俺の部屋に」
「畏まりました」
クリストフは私を抱えているにもかかわらず、いつも通りの様子で、用事を申し付けている。
ジョンソンはといえば、この状況を前にして全く動じない。
流石プロの執事だと感心する。
「詳しいことは後で説明するけど、この子はベルだから。皆にもそう伝えておいて」
「承知いたしました。それではベルナドット様の昔のお召し物がサイズなどぴったりかと存じます。すぐにお待ちいたしますね」
結構な変事だと思うが、あっさり承知されてしまった。
いともすんなり受け入れられて、粛々と対応を進められている……。
なんだか腑に落ちない気持ちでクリストフの肩越しにジョンソンに目をやれば、わかっていますよ、と言いたげに微笑んで下がっていった。
ジョンソンは昔から我が家に勤めているし、今の年頃の私のことも当然知っている。
似ているなんてレベルではなく、確かに本人であると感じたのかもしれない。
「ところで、なんでクリスの部屋?自分の部屋に行くよ」
「メイド達がベルの部屋を、今の君が使うように支度する時間が必要でしょ。その間は俺のところにいて」
靴音を響かせながら階段を登り、目的の部屋に入ると、ベッドの上にそっと降ろされる。
ようやく自由にしてもらえた……。
いくら義弟だからといっても、綺麗な顔が、ごく近い距離で、というだけでも緊張するのに、抱き抱えられている腕や胸はしっかりした男性の身体で、なんだか意識してしまって心臓に悪い。
解放感に身を任せてふかふかの布団に倒れ込むと、クリストフの香水の香りがする。
「……いい香り」
さっき、抱っこされている時もこの香りがしていたな、と思う。
ミントとシトラスの向こうに、少しムスクがブレンドされたような……どこの香水だろう?
聞いてみようと思って、クリストフを見ると……おや、顔が赤い。
「……もう、……本当に……」
顔を抑えながらもごもごと何事か呟いている。
不意にコンコン、とノックの音がした。
ジョンソンが着替えを持ってきてくれたようだ。
「失礼致します」
入室してきたジョンソンは、ベッドに寝転がる私と、赤い顔で立ち尽くすクリストフを見て、ほんの少し目を細めた。
さっきの衝撃報告には微塵も驚いた様子を見せなかったのに、どうしたのか。
しかし、驚きを表したのも束の間、すぐにその表情を引っ込めて、てきぱきと着替えを並べていく。
「こちらでよろしいでしょうか?」
並べられた服は5着ほど。
この短時間でよく引っ張り出してこられたな……まさか今までの服全部取って置いてあったりして。
「ありがとう」
ちょっと引きながらもお礼を告げる。
「足りないものがございましたら、お申し付けくださいませ」
軽くお辞儀をして、ジョンソンは部屋を退出していった。
『お嬢様も、罪作りなことをなさる。あれではクリストフ様もたまらぬことでしょう』
出がけにそんなことを思っていたことは、誰も知らぬまま。