鐘が鳴る1
どどどどどうしよう!!!
ぞろぞろと帰ってきちゃったよ兄さんたちが!!
聞いてない!聞いてない!
お風呂みんなで入る!?狭くない!?ってそういうことじゃない!
バレるって!それじゃあ!私にはついてないもん!男にしかないアレは!
「姉御ーー!!!」
鈴懸さんと帰ってきた朔の姉御の元へダッシュ!
飛びつくように滑り込めば、姉御に頭を制止された。お陰で前に進めない。ぐぬぬぬ
「なんだい騒がしいよ」
「あああ姉御!お話が!!」
うわ、怪訝そうな顔。キツめの美人にその顔されちゃあ心折れちゃうよ。相変わらず綺麗な姉御、今日は余所行きのため普段より気崩すことなく着物を着てはいるが、妖艶さは変わらない。小さい私を見下ろすことで、髪飾りがシャランと揺れる。私思うんだけど、姉御と桔梗を並べて立たせたらフェロモンだだ漏れで人が死ぬんじゃないか?色気で人殺せるんじゃない?むしろこの2人を店先で呼び込み役にしたら客殺到するのでは?
そんなこと考えながらアホみたいに必死で姉御にしがみつく。ここで姉御を逃したら死ぬ!そういうつもりで全身に力を込めた。
「わかったわかった。場所を変える、いい加減離れな」
「あいてっ」
久々デコピンなんてされたよ。おでこ赤くなっちゃわない?
姉御は鈴懸さんにあとを任せ、私を連れて店の裏にある姉御だけが住む離れへと向かった。
ここは店中と違って随分質素だ。床はギシギシなるし、この柱なんていつ崩れるのか分からない。装備品なんて一切ない。言うなれば貧乏人が住む所って感じ。存在だけで輝かしい姉御には到底似つかない場所だ。それなのに姉御はここで寝泊まりしてる。店の中に楼主用の整った個室はあるのに、そこには鈴懸さんを住まわせて自分はこんな陳腐な場所で過ごしているのだ。私たちちびっ子たちの部屋が少し広くなったようなものだ。
それを姉御は何不自由もないかの如く淡々と行灯に火をつける。手馴れてる。
「で?どうしたんだい?」
姉御は屏風で仕切ることなく着物を脱ぎだした。長着に着替えるようだ。
子供の前とはいえ無防備な!
ナイスバディを見せつけられる。つら。もとの姿でも姉御サイズのバストは持ってないわ。クビレもね。
「お風呂!どうしましょう?!」
「急に語彙力が無くなるねぇ。しっかり文にして話してくれないかい」
ごもっともだ。
「ここでは今日、大晦日に全員でお風呂に入るという風習があると聞きました。もし一緒では遂に性別を偽っていることがバレてしまいます。どうしましょう朔の姉御」
姉御の黒髪がパサりと舞う。簪をひとつ外したのだ。艶やかで女性らしさ抜群の髪質。ついつい櫛を通したくなる。サラサラで羨ましい。腰ほどあるその髪は樒兄さんと同じ。長い髪を下ろしてる人がこんなにも色めかしいのは時代問わず変わらないものだね。
帯を緩く締め終えた姉御が静かに私の前で腰を下ろす。
今更だが、姐御呼びは本人の許可を得ている。理由は面白いから、だそうだ。つい口から本心が出てしまった時は殺されるかと思ったけど、姉御の心は広かった。鈴懸さんや睡蓮たち、遊男の兄さんたちからは正気か!?と心配されたけど私はこれを貫くよ!
「なんだ、まだ気づかれていなかったか」
「え!?」
面白そうに目を細める姉御。
まじか!この人すでにバレてると思ってたのか!?てかバラしてもいいの!?いやいやよくない!って言ったのは姉御なんですよ!!
「いい機会じゃないのかい?」
「よくありませんよ!」
姉御の裏切りに驚きが隠せない。
ここに来て早半年!まだ誰にもバレてない!いや、樒兄さんには知られてるけど、でもそれは私がバラしたわけじゃないし彼との過去の接点があったからだ!同室の3人でさえ気づいてない!逆にすごくない!?
目まぐるしく表情を変える私に姉御は吹き出して笑った。
「冗談さ」
「心臓に悪いですよ姉御」
お上品に口元を手で隠して笑う姉御。こういった所作は花魁だった頃の名残なのか。ユルユルに着付けた襟の隙間からちらりと谷間がのぞく。
「お体が冷えてしまいますよ」
思わずほかの兄さんたちにするように、ビシッと姉御の襟を引っ張って正す。
あ、いい香り。
練り香水でも持ってたのかな。
美人はいい香りを纏うって本当だね。
そういえば桔梗も何か香りをつけてたなぁ。嗅ぎなれた香りだったんだけど、何だっけ。
「安心しろ。お前には夜少し店を離れてもらう」
「?」
どこへ?
顔に出ていたのか。姉御は口元を弛めお返しだと言わんばかりに私の襟元を引っ張った。ぐえ!変な声出ちゃったよ。
「店を出て5件先、通りの左手にある金物屋に。先程尋ねたのだが留守にしていて、どうせまた行く予定だった。あいつらが風呂に入ってる間時間つぶしも兼ねて、オマエさんに行ってきてもらおうと思ってな」
金物屋って何を買うつもりだったんだろう。
あんまり遅いとお店閉まってしまうんじゃないのかな。街灯がないから日が沈むと周りが見えなくなるほど暗くなる。
「誰かついてきてくれるんですか?」
「お前一人だ。私はここにいる。ほかのもの達は恒例の風呂だろうしな」
「なるほど」
お使いに、その間を潰せるほどの時間あるかな。
雛菊には悪いけど、ここでバレる訳にはいかないしね。
そういえば、ゲーム上ではいつ女だってバレたんだっけ?
最近ストーリーが上手く思い出せなくなってきた。想定外のことが起こりすぎて本編の記憶がごちゃごちゃしてるせいだ。
でも、早くエンディングに向かわなきゃ。
先ほど雛菊と話してて、恐ろしいことが判明した。
《現実世界での記憶が失われてつつある》
記憶と言ってもエピソードは覚えてる。思い出せないのは個のこと。家族の顔も、声も、思い出せない。それどころか自分の苗字も、勤務していた会社の名前も、住んでた街の名前も、その地図も、通ってた学校も友人たちも。
これが転生の影響なの?
転生したことによる弊害がこれ?
あまりうとうとしてる時間はないみたい。
このままだと、私の全てが消えていくようで。
急いでストーリーを進めないとと、焦っている。