君を守るおまじない3
ひどくうなされている彼の頬を優しく撫でる。
汗はびっしょりで何度か清拭したが、なかなかとまらない。熱は上がりっぱなしだ。寒気はないだろうか。
片手で彼を撫でながら、もう片方の手で布団をかけ直した時。
睡蓮の瞳が突然大きく開かれた。
「…っ」
「あ、起きた?すいれ」
パシッ!
突然に振り払われた手。
今の今まで頬を撫でていた手はかわいた音を立てて弾かれた。
呆気に取られるもそりゃ年頃の子は子供扱いされるの嫌がるかぁ〜なんて思ってたら
「はぁはぁっはぁ…っ」
睡蓮の様子がおかしい。
瞳孔は開いてゆらゆらと小刻みに揺れている。爛々と悪戯っ子特有の光に満ちた瞳は今や影しか落としていない。
息を荒らげながらこちらを睨みつける目はまるで獣だ。テレビでよく見る気性を荒らげた狼や獅子のよう。
「睡蓮?」
「………っ!」
どうしたの?
彼に手を伸ばそうとすればその手は強く掴まれてしまった。ギリギリと音がするほどの力。なんて握力。
「痛いよ…睡蓮、どうしたの…怖い夢でも見たの?」
あーあ。
強く掴まれたせいで爪が皮膚にくい込んでジワリと血が滲む。
彼の淀んだ赤い瞳が、それに反応した。
「睡蓮?」
私は彼に話しかけ続けることしか出来なくて。
何度も何度も名を呼ぶが、彼はこちらを向くことなく握った手首を凝視している。
ついに血がタラタラと前腕をつたって肘にまで─
「え、睡蓮!?ちょ…っ」
肘から、ぽとり。床に一滴、滴ったときだ。
突然。そう、突然。
彼はこの腕に舌を這わせて
「はァ…ハァア」
滴る血を下から上に辿るように舐めとっていく。恍惚とした表情を浮かべながら。
一滴足りとも逃さないと言うかの如く彼は舐め取りやすいよう時折角度を変えながら尚舌を這わせていく。
なに、どうしたのよほんとに。
ただ事じゃない。一瞬動きが固まる。おもわず腕をひこうとするも、変わらず彼の力は強いばかりで全く動かない。
「す、すいれん…離して」
溢れた血を全て舐め尽くすと彼はやっと、私と目を合わせた。
「すい…れん…」
この時名前を呼んだのは無意識だ。
…彼は誰。目の前にいる、この子は誰なの?
彼特有の赤い髪に赤い目。
普段と全くおなじはずなのに、醸し出す圧や雰囲気は全く違う。
光のないその赤い目は、それこそ血のようで─
口端についた血をぺろりと舐めきるその様に、恐怖さえする。まるで……捕食者の顔をしているから。
思わず身をすくめてしまう。
どうしてか、わからない。
ただ、体が、記憶が、言っている。
まるで警報を鳴らされてるみたいに
《こいつから逃げろ、喰われるぞ》と
「─やれやれ、困ったなぁ。子供を殺す趣味はないんだけど」
彼の背後に、人影がうつる。
声の主を見上げハッと息を飲んだ。
いつ来たの、全く気づかなかった。この人、気配がない。消すのがうまいのか。彼の、黒いリボンが怪しく揺れた。
「どうしてここに…」
「鬼なら、仕方ないよね」
会話にならない。私は眼中にないのか。
その人物は元より深い紫色をスっと細めると、睡蓮が振り向く間もなく、手に持っている刀を睡蓮に向かってまっすぐに振り下ろした。
なんの躊躇いもなく。
「────やめて!桔梗!!」