始まった乙ゲー生活4
同室で歳の近いちびっ子軍団とはいえ、日中は別行動。
禿として遊男の下について回ったり、芸を習ったりしている3人とは異なり私はただの雑用係。炊事や洗濯、各部屋の掃除や備品整理が主な仕事で、手が足りない時に禿の仕事を手伝ったりする程度。だから客前になんて出ないし、基本的に朝日が出たら起きて日が沈んだら寝るという遊郭とは思えないほど規則正しい生活を送っている。
信号機トリオも大体の起床時間は同じだけど就寝時間はバラバラで、その日担当?する遊男に付いた客によって日が変わる前だったり夜中だったりと、子どもにはとんでもないシフト時間だろう。
それも普通だと言った顔で淡々とこなしている彼らも彼らで、私がこんなことを不憫に感じているとは思いもしていないだろう。
生きてる世界が違うとはいえ、そこはまだまだ慣れない。
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いつものように炊事場で洗い物をしながら、朝食(もう昼前だけども)を遊男たちが次々と下膳する姿を見てふと気づく。
「また一膳残ってるなぁ…」
食事はこの大広間でとるのがここの規則のようで、眠そうな顔をしながら朝食をとりに受取口までくる遊男ひとりひとりに炊事場から受取口越しに「おはようございます」と声をかけることが私の仕事開始の合図でもある。広間と炊事場はま隣なりでカウンターキッチンの如く間に受取口のようなものが挟んである。受取口といっても現代で言うフードコートの返却口に近い。そこにお盆ごと朝食を準備して置いておけば、こうやってゾロゾロと寝起きの遊男たちが取りに来てくれる。そこに位は全く関係なく、禿だろうが遊男だろうが花魁だろうが、朔の姉御でさえ自分で直接取りに来るのだ。そして食べ終わると、今度は隣の返却口に返して去ってゆくのだが。
「うーん、人数は合ってるはずなんだけど」
ほとんど毎日と言っていいほど朝食が一膳余るのだ。
「暁月さん、どうかしましたか?」
「あ、鈴懸さん。最近一膳余ることが多くて数が合わなかったのかなって」
手付かずで残ってある朝食をみながら、頭を傾げていた私に鈴懸さんが声をかけてくれる。
『鈴懸』さんは現在16歳で、遊男として働いているはずの年齢ではあるが遊男ではない。攻略対象キャラでもない。前楼主の一人息子であり、楼主の侍従兼雑用係で、雑用係で言えば私の先輩みたいなものだ。桃色の髪と目。前髪はセンター分けで、襟足まではいかない程の髪の長さ。全体的に頭のシルエットは丸っこい。左目の泣きボクロは遺伝らしい。どう頑張ってもアホ毛が一本立ってしまうのが悩みだというが、私は触覚みたいで可愛いと思う。真面目で一生懸命で、生け華屋のみんなにこき使われ振り回されがちな苦労人だ。
鈴懸さんと樒兄さんが同い年とは思えん。
あの樒兄さんの醸し出すオーラはなんなんだろう。さすが花魁。王子様タイプだもんなぁあの人は。さすが公式が押しているだけはある。
2人して悩んでいると、なにか心当たりがあるようで「あ!」ポンッと手を叩く。
「おそらく桔梗さんかと思います。最近自室以外であまり見かけませんし、もしかしたらまだ部屋でお休みになっているのかも」
「桔梗さん…、ですか?」
「はい!うちの花魁です。あまり公に出たがらない人なので、暁月さんは面識がないのかもしれませんね」
「…そう…なんですか」
………『桔梗』さん。ええええ、知っていますとも。彼も攻略対象でしたもんね、しかも隠しの。年齢不詳の彼は軟派で飄々としておりミステリアス、さらに超がつくほど気分屋で怠惰的。よく主人公を翻弄するが、興味関心がないことには冷酷で残忍なキャラでまさに隠し攻略ってタイプだ。樒が儚い大人の色気、というなら桔梗は妖艶なアブナイ色気、という感じで。
………正直、ゲームならまだしも現実で会うとなると1番緊張するかもしれない。
そんなことはいざ知らずこの際だからと鈴懸さんは私に朝食を持たせ「これを桔梗さんの部屋まで持って行って上げてください。朔さんには内緒ですよ?」と試練を言い渡してきた。
お断りします!!とも言いきれず、お盆ごと持たされトコトコと彼の部屋まで運んできたのだが─
「桔梗兄さん、朝食をお持ちしました」
???
襖越しに話しかけるも返答がない。
部屋に居ないのだろうか。ここまで持ってきた意味!と思っていると、部屋の中から何やらパチンパチンと音が聞こえた。
けっ、居留守かよ!
「温め直したので、今でも美味しく召し上がって頂けるかと思います」
パチン…パチン…
「……いらっしゃるんですよね?」
パチン…パチン…
「失礼します」
もう!
地団駄踏みたくなるのを抑えて静かに襖を開ける。
なんだここ?
部屋の中は昼とは思えないくらい暗い。
壁も天井も赤く染まっていて…。色んな兄さん方の部屋に入ったことはあるがこんな部屋見た事ない。
香を焚いているのか、不思議な香りが充満している。なんだ、ここは。
「入ってきちゃったんだ…あかつき」
背を向けていた部屋の主。
手には花を持っていて、ハサミで揃えていたようだ。
「申し訳ありません。気配はあるのに返事がなかったので何か手が離せない状態なのではと、邪魔にならないよう朝食だけ部屋に置いて出ようと…おもって…」
「いらない、食べない。それより……おいで─」
ぐいっと腕を引かれる。
いつの間にこんな近くに来ていたんだろう。私は彼から目を離していないのに。
まるで引きずり込まれるようにして部屋に入る。
近くで見る彼の顔は恐ろしいほど綺麗。
紫色で襟足長めの髪に隠れて、首に巻かれた黒いリボンが怪しげに揺らめく。
軽く流れた前髪に隠れた紫の瞳と目が合えば深淵を覗き込んでしまったかような感覚で。薔薇兄さんの如く睨まれてる訳でもないのに、なぜか動けなくなる。
おそるべき、隠しの存在感。