88 終章
彼は静かに目を開けた。頭を起して画面を見ると、「終」という字。
やがて場内は明るくなる。
頭がまだ少し痛い。酔いが残っている。そして意識が段々とはっきりしてくる。
「なんだ・・・夢?」
ここはあの古ぼけた、小便臭い、ポルノ映画館じゃないか。
全部、夢だったのか。行き止まりの池も、小女も、妖怪も・・・
席を立ち、映画館の扉のところへと向かう。早く帰ろう。明日もお勤めだ。
表へ出た。相変わらずの熱帯夜。彼はとぼとぼと歩く。通りには人影もまばらになりつつある。
駅へ向かう道すがら、大きな川の橋を渡る。ここだ。ここであの妖怪に会った。向こうの河原のあたりに、金色銀色目の女がいて、あの繁華街でゴミ箱あさりをしたんだ。いろんなことがあったなあ。
ふと立ち止まった。
彼のまわりの人影が、みんな立ち止まって、何か眺めている。皆、あっけにとられたようにしていたが、やがて口々に騒ぎ出した。
「あれはなんや?」
「お月さんみたいやけど」
「明るいなあ。お日さまとちゃう?」
「UFOや、きっと」
街の西北の方角から、明るく輝く大きな丸いものが、ゆっくりと昇りつつあった。
「あれ、広沢池のほうやな」
彼はその光る巨大な球を眺めながら、目に涙がこぼれ出た。
「兄さん、何泣いてはるの?」
暗がりから女性が彼に尋ねた。
「あれ知ってるんです。僕」
「あの光り?あの大きな・・・夢みたいやね、明るくて」
「ええ」
「何なの。あれ」
「善良で、有意義で、真実。・・・水の上のほうで輝いてた。行き止まりの、始まりの、夢です」
「あたしたち、みんな、夢みてるんやろか」
「そうです、僕たちは、みんな、みんな、夢、みてんです」
彼は自分が涙声になってしまうのが癪だった。




