87 大地はお化けでいっぱいだ
…僕は妖怪
彼は沈み行く意識の中で思った。
嬉しい気持ちが。
ふたたび・・・
この湧き上る強い嬉しい気持ちは一体なんだろう?
やっぱり、善良で、有意義で、真実だ・・・
彼の入った鐘を、こんこん、こんこん、と外から叩くものがある。薄れ行く意識の中で、彼は力強い嬉しさを胸に、その叩く音を耳にした。そして、鐘の外から声がする。
「始まりますよ!」
始まる?
「お祭りがはじまるんです。あなたも参加して下さい。みんなのお祭りです。そして、これはあなたのためのお祭り・・・でもあるんです」
僕はもう死んでしまうのに、祭りになんか参加できるのだろうか。
「できますよ。だって、これは妖怪の祭りなんですから。死んだところから、すべては始まるんです。この世は、妖怪に満ちているんです」
この世は妖怪に満ちているって???・・・・
よし、僕も参加しよう。僕も妖怪だ。祭りに参加しよう!参加しよう!!
彼は力を振り絞って、鐘の蓋を開けた。
すると、あの太陽が、彼を焼き尽くし焦がし続けてきた夏の太陽が、すぐ目の上にあるように感じた。
あれほどいやだった、暑い夏の太陽が、しかし今は嬉しさの象徴のようにしてそこに輝いている。
同時に夥しい量の水が、彼の頭の上に落ちてきた。彼が流した大量の血液と交じり合って、鐘の中にいっぱいになった。
彼は首を切った自分が、何故こんなに考えたり動いたりできるのか不思議だったが、鐘から抜け出して、水上めがけて泳いでいった。
夜のはずなのに、水上から明るい太陽の光が射し込んでくるのが分かる。
そして水の上の方から、生命の交響曲のような、妖怪たちの行進曲が聞こえてきた。




