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ポンド  作者: 新庄知慧
84/88

84 いてもうたか!

すると、課長の顔が上から覗きこんだ。


「これなら大丈夫ですね。こういう入れ物とは思わなかった。これなら、極刑といえるでしょうな。安心しました」


「これは、あそこのお寺の鐘よ」続いて絶世の美女が、泣きはらした目をして子女とともに上から顔を現わした。


「介錯はいらぬか」と、若侍がきく。


「いらない。大丈夫だ。妖怪さんを頼む」


「さようか。では、さらばじゃ」


若侍は彼の入った鐘に鉄の蓋をした。


彼は刀を首にあてて、一気に切り裂いた。


鮮血が噴水みたいに勢いよく飛び出し、金属製の壁面にシャワーでもあたるような音をたててぶつかっていった。


若い血。若いんだな僕は。


彼の入った鐘のまわりにいた人物たちは、真っ黒い影になり、幻のように消えた。


舟は閃光とともに音も無く破裂して消滅し、彼を入れた鐘は水中へと沈んでいった。



…………



池のまわりに鳴り響いていたお経のコーラスがふっと止んだ。


池の水面にまたたいていた無数の灯籠たちの光が弱くなった。


彼が今日の夕方に目覚めた病院の廃屋。数限りなくあるベッドに無数の人影が現れ出した。その病院の中から、いくつもの声が聞こえる。


「いてもうたか!」


「ああ、ついにな。ぼちぼちやと、思うとったけど」


「ほな、はじまりやな」


「行止まりで」


「はじまりや」


パンダのように太った男とか、青瓢箪みたいな顔をした、ぬらりひょんのような男がそれらの人影の中に見える。


池を取り巻く小道をざわざわと歩いていた足音が、一方向に向かって進んでくる。それは、病院の方角である。


お寺では、数十人もの老婆たちが、お経の大コーラスをひととき休んで、池の方を見て目を細めていた。


はじまりや。


老婆たちの目は、そう語って輝いていた。



・・・・・・・



「それでは、皆さん、よろしいですね。間違いのないように、お願いしますよ」


病院の門のあたりで、彼の会社の課長らしき人影が陣頭指揮にあたっていた。


「ちょっと、そこ、ちゃんと並んで並んで。声の調子はどうですか。少し発声してみますか。いいですか、いきますよ」


課長の指揮に合わせて、病院の建物の前に集まってくる、たくさんの人々の黒い影は、笑い声のような、鳴咽のような声を発した。


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