83 行き止まりのカオス
すると絶世の美女が言った。
「さよう。さよう、さように・・・そなたは、そうして、…そうして一人で死んだ。」絶世の美女は涙ながらに若武者の姿を見た。「ゆえに、この子も、結局、この世に生まれることができなんだ。」
「女はだまっておれ!」若侍は言った。
「何だ何だ、あなたは。邪魔しないで下さいよ。これは時代劇じゃないんだから」課長は若侍に言った。「極刑なんです、この人は」
「許さん!」
「そんなこと言ったって、あなた」と、課長。
「生かして上げてください」と、絶世の美女。
「死ぬのだ。恥をかくな!」と侍。
「いや、極刑です。日常への復活です」と蝦蟇。
・・・
わけの分からない言い争いが続いている。
彼は頭ががんがんして来た。もう子女もいない。船底にあった日本刀が目に入る。妖怪たちの方を見た。
おい、どうするんだ。妖怪たちの舟はもう舳先ぎりぎりまで水に浸かって沈没寸前だ。
どうするんですか、馬鹿な話し合いはやめて、早くこの妖怪さんたちを助けてあげて下さい!
彼は怒鳴った。そして、船底の刀を拾い上げた。巨大なポリバケツの中に飛び込んだ。
「おい、君!」
課長の声が響いた。
「なんだ。ただの死刑じゃ、極刑にならないって、僕が悩んでるのに、なんだ!」
かまわず、彼は刀を喉にあてる。
「助太刀するぞ!」若侍の声がする。
そして、絶世の美女の泣き叫ぶ声がする。ポリバケツの外で、声たちが鳴り響いている。
誰かがバケツの上から覗きこんだ。若侍だ。すばやく彼の舟に飛び乗って、彼にきいている。
「おぬしはどういう死に様を選ぶのだ」
「行止まりの池だ」
「池か」
「そうだよ。この刀で死ぬから、蓋を閉めて、僕を沈めてくれ」
「承知した!」
「妖怪さんたち、助けてやってくれ。僕じゃあ、とても力足らずで、無理だ」
「それも承知!」
「うまく池に沈めるだろうか」
「案ずるには及ばん。触ってみろ」
彼はポリバケツの壁に手を触れた。それはもはやポリエチレンではなかった。重たい黒い金属だった。
「まるで釣鐘じゃないか・・・!いつの間にこんなことに」
「これであるなら、万年でも億年でも、いや、永遠に、池から浮かぶことはなかろうて」




