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ポンド  作者: 新庄知慧
83/88

83 行き止まりのカオス

すると絶世の美女が言った。


「さよう。さよう、さように・・・そなたは、そうして、…そうして一人で死んだ。」絶世の美女は涙ながらに若武者の姿を見た。「ゆえに、この子も、結局、この世に生まれることができなんだ。」


「女はだまっておれ!」若侍は言った。


「何だ何だ、あなたは。邪魔しないで下さいよ。これは時代劇じゃないんだから」課長は若侍に言った。「極刑なんです、この人は」


「許さん!」


「そんなこと言ったって、あなた」と、課長。


「生かして上げてください」と、絶世の美女。


「死ぬのだ。恥をかくな!」と侍。


「いや、極刑です。日常への復活です」と蝦蟇。


・・・


わけの分からない言い争いが続いている。


彼は頭ががんがんして来た。もう子女もいない。船底にあった日本刀が目に入る。妖怪たちの方を見た。


おい、どうするんだ。妖怪たちの舟はもう舳先ぎりぎりまで水に浸かって沈没寸前だ。


どうするんですか、馬鹿な話し合いはやめて、早くこの妖怪さんたちを助けてあげて下さい!


彼は怒鳴った。そして、船底の刀を拾い上げた。巨大なポリバケツの中に飛び込んだ。


「おい、君!」


課長の声が響いた。


「なんだ。ただの死刑じゃ、極刑にならないって、僕が悩んでるのに、なんだ!」


かまわず、彼は刀を喉にあてる。


「助太刀するぞ!」若侍の声がする。


そして、絶世の美女の泣き叫ぶ声がする。ポリバケツの外で、声たちが鳴り響いている。


誰かがバケツの上から覗きこんだ。若侍だ。すばやく彼の舟に飛び乗って、彼にきいている。


「おぬしはどういう死に様を選ぶのだ」


「行止まりの池だ」


「池か」


「そうだよ。この刀で死ぬから、蓋を閉めて、僕を沈めてくれ」


「承知した!」


「妖怪さんたち、助けてやってくれ。僕じゃあ、とても力足らずで、無理だ」


「それも承知!」


「うまく池に沈めるだろうか」


「案ずるには及ばん。触ってみろ」


彼はポリバケツの壁に手を触れた。それはもはやポリエチレンではなかった。重たい黒い金属だった。


「まるで釣鐘じゃないか・・・!いつの間にこんなことに」


「これであるなら、万年でも億年でも、いや、永遠とわに、池から浮かぶことはなかろうて」

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