82 汚辱と恥辱の生き地獄
絶世の美女は子女を抱き、また頭を下げた。
・・・あたしの世界は、一体どこにあったの?
子女の声がした。
わからない。そんなことは、この僕がききたい。この僕の世界こそ一体どこにあったのだろう。再び絶世の美女が口を開いた。
「うちは、難しいことはわからしまへん。そやけど、あんさんはいい人や」
しばらく黙っていた妖怪が言う。
「だから私たちも、あなたに呼ばれて現れたんだよ」
妖怪の後ろで金色銀色目の女が頷いているのが見える。浮島の暗闇の草叢から、若い声とも鳴咽ともつかない奇妙な声が響いてきた。
「しかし、死刑なのだよ。極刑なのだよ」
課長の声が冷たく響いた。
「生かしてあげてくれはらしまへん?」絶世の美女が言った。しかし課長は答えて再び冷たく言う。
「きまりなんだ。しかし極刑というのが難しい」
「こういうのはどうです。また会社に帰ってもらうんです。就職しなおして、また日常という廃園に戻るんです。そうすれば、永遠に葬られる」と蟇蛙が言った。
「そうか。それは気づかなかった」
「彼のことですから、また会社勤めに戻れば、あの条件反射的人生を再び送らなければならなくなる。一生、地獄の業火に焼き尽くされるでしょう。そうすれば、もう妖怪になってこの世に出てくることもないでしょう。永遠に終わりです」
「それはいい」
課長は相づちを打った。
と、浮島の中から若い男の声がした。
「おぬしらには、武士の情けというものがないのか!」
「誰ですか。時代がかったものいいをなさる方は?」蟇蛙が振り返って怒鳴った。
「おい、おぬし、助太刀に参ったぞ」
見ると、あの切腹した若侍が、いつの間にかそこにいた。そして言い放つ。
「この世は夢、仮の姿じゃ。こやつらのいいなりになったら、本当の世に生きるための永遠の魂をぬきとられてしまうぞ。
恥にまみれて、日々の生活を送り、そしてそれは生きているのでも死んでいるのでもない。恥辱と汚辱の生き地獄じゃ。血迷うな!断じてそのようなこと、許してはならん!!」




