80 死刑だよ死刑
「課長!」
と彼は思わず叫んだ。
会社の連中ではないか。なんでこんなところにいるのだ?
彼は妖怪たちの舟を振り返った。無言のまま、硝煙をあげる銃を手に、彼らは舟の上に立っている。その舟は、ゆっくりと沈没しかけている。
「妖怪さん、大丈夫ですか」
彼は言った。
「人はいつも私に大丈夫かい、とたずねるんだ。大丈夫でいたいのは山々なんだが、いかんせん暑い。そしてもう弾はない。このまま池の中に沈んでいくのだろう」
会社の先輩の、蟇蛙の声がする。
「阿村君、撃ちたかったんだろ、バンバン、って。ショットガン。その通り、妖怪さんたち、やってくれたじゃないの」
「そ、そうですよ、や、殺ったんですよ」と、今度は人参が言った。
「では、裁判にとりかかろう」
課長の事務的な声がした。
「裁判?」
「そうだよ。私だって、こんなこと、あまりやりたくないんだが、仕方ないだろ」
何が仕方ないのだ。
「あ、また、しらっとしてるね。まあいいや。てっとり早くやろう。君は死刑だ。日常という廃園に花を求めようとした、というのがその罪状だ。
言いたくないが、きまりはきまりなんだ。ね。人生は、現実は、つまらない廃園の中のピクニックみたいなもんだ、でも、君はその中に花を求めようとした。それがいけないんだ。
みんな我慢してるんだ。我慢するうちに、我慢なんて何のことか忘れるんだ。君もそう考えてたじゃないか。」
「それと、その、変な人形と暮らしたっていうのもまずい」つづけて次に、蟇蛙が言う。
「この世の謎を覗き込むことにつながるしなあ。つまりわがままなだけだ。余計なものまで見ようと思うのは、わがままだよ。
学生のときから、そうだったろう。君が勝手に絶望とか失望とか失恋とか希望とか人生とか、ごちゃごちゃ言ってるものは、ただの一人よがりの出鱈目なんだよ。
ねえ、あなたも、そう思うでしょう」と、人参に同意を求める。
「え、ええ。利己主義ですよね」
珍しく、人参が力強く言った。
「それで、死刑なんだ。終わり」
課長がしめくくった。
ええ、結構です。行止まりだと、思ってましたから。死刑にされなくても、死のうともしたし、乞食もこころざしたんですから。と、彼はこころの中で言った。




