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ポンド  作者: 新庄知慧
80/88

80 死刑だよ死刑

「課長!」


と彼は思わず叫んだ。


会社の連中ではないか。なんでこんなところにいるのだ?


彼は妖怪たちの舟を振り返った。無言のまま、硝煙をあげる銃を手に、彼らは舟の上に立っている。その舟は、ゆっくりと沈没しかけている。


「妖怪さん、大丈夫ですか」


彼は言った。


「人はいつも私に大丈夫かい、とたずねるんだ。大丈夫でいたいのは山々なんだが、いかんせん暑い。そしてもう弾はない。このまま池の中に沈んでいくのだろう」


会社の先輩の、蟇蛙の声がする。


「阿村君、撃ちたかったんだろ、バンバン、って。ショットガン。その通り、妖怪さんたち、やってくれたじゃないの」


「そ、そうですよ、や、殺ったんですよ」と、今度は人参が言った。


「では、裁判にとりかかろう」


課長の事務的な声がした。


「裁判?」


「そうだよ。私だって、こんなこと、あまりやりたくないんだが、仕方ないだろ」


何が仕方ないのだ。


「あ、また、しらっとしてるね。まあいいや。てっとり早くやろう。君は死刑だ。日常という廃園に花を求めようとした、というのがその罪状だ。


言いたくないが、きまりはきまりなんだ。ね。人生は、現実は、つまらない廃園の中のピクニックみたいなもんだ、でも、君はその中に花を求めようとした。それがいけないんだ。


みんな我慢してるんだ。我慢するうちに、我慢なんて何のことか忘れるんだ。君もそう考えてたじゃないか。」


「それと、その、変な人形と暮らしたっていうのもまずい」つづけて次に、蟇蛙が言う。


「この世の謎を覗き込むことにつながるしなあ。つまりわがままなだけだ。余計なものまで見ようと思うのは、わがままだよ。


学生のときから、そうだったろう。君が勝手に絶望とか失望とか失恋とか希望とか人生とか、ごちゃごちゃ言ってるものは、ただの一人よがりの出鱈目なんだよ。


ねえ、あなたも、そう思うでしょう」と、人参に同意を求める。


「え、ええ。利己主義ですよね」


珍しく、人参が力強く言った。


「それで、死刑なんだ。終わり」


課長がしめくくった。


ええ、結構です。行止まりだと、思ってましたから。死刑にされなくても、死のうともしたし、乞食もこころざしたんですから。と、彼はこころの中で言った。

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