78 あなたが私たちを呼んだのだ
「何ですって」
「待ちませんでしたか。なら、よかったけど」
「何か約束でもしましたっけ」
「あなたが、私を呼んだんですよ」
「はあ?」
いつか、お経のコーラスは、池の向こうの、どこか知らない国の音になっていた。2つの舟のまわりには、灯篭の柔らかい光の箱が、動くともなしに動いて流れている。妖怪の表情は見えない。
「お久しぶり」
別の声がした。妖怪の背後の女の声・・・どこかで聞いた声。ああ、そうだ、あの、子女を彼に紹介した金色銀色目の女の声。
「…あなたがた、お知り合いだったんですか?」彼はたずねた。しかしそれには答えがなかった。
「私たちは、あなたに呼ばれてきて、この水面の浮島で、動くに動けなくなったのですよ」
と、妖怪は言った。
お盆、灯籠流し、人々の霊が、年に一度、あの世からこの世へと里帰りする日。あっちの岸からこっちの岸へと大挙して人々がやってくる。妖怪は、そうした一行のひとりなのか。そして彼がそれを呼んだって?
「この池は、血の池でもあるのですよ」
金色銀色目の女の声がした。
「涙の池でもある」
妖怪が言った。
妖怪たちの乗った舟は、きわめてゆっくりとではあるが、ぶくぶくと沈もうとしていた。
妖怪は言う。
「あなた、助けて下さいヨ。あの時みたいに。しっかりして下さいヨ」
続けて金色銀色目の女が言った。
「私たちを呼んどいて、あなたは何を望んでいたの?」
そうして、船底から黒い金属製の棒のようなものを拾い上げて、一本を妖怪に渡し、一本を自ら手にした。
そしてそれを彼に向けて構えた。
彼は叫んだ。
「それ、ショットガン!?」




