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ポンド  作者: 新庄知慧
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77 お待たせしすぎ?

おおかた、あの小舟は、池の中ほどの天然記念物の水生植物群に迷い込み、水草にオールをとられて動けなくなったのだろう。


池に近づいて、ボートを見た。やっぱり、あの妖怪だ。必死に彼に手を降り続けている。僕でなければだめなのか。


水面には、無数の灯籠が、落着いた光の輪を描いて輝きながら、ゆっくりと漂っている。その色は赤や黄や青やの原色に見えながら、光と影の微妙な濃淡によって様々に表情を変え、無数の色彩に無限に変化を繰り返している。


目を細めて見ると、まるで夢の国。灯籠の中のろうそくの炎が揺れると、それに従って光は揺れ、水のさざ波にまたたいて、どこかのお伽の国か黄泉の国の夜景を眺めている気分。


池の端の小さなお寺を人垣が囲んでいる。


お寺の中では、老婆たちが数十人集って、お経を合唱している。お寺の境内の木にくくりつけた旧式のメガホン型スピーカーを通じて、そのお経の大合唱が流されている。


池の周りに何百人もの人がいて、そのお経を聞きながら池に灯籠を流し、池の美しい眺めに見入っている。抱き合っているカップルもいる。


そうした光景の向こうに妖怪がボートの上から助けを求めていた。


やっぱり助けを求めているんだ。


しかしこれだけ人がいるのに、誰も気づかないなんて不思議だ。皆、灯籠の光の舞いに見とれてしまって気づかないのか。


「ボート 1時間 5百円」


小さな桟橋にボートがあった。金もないので乗れないと思ったが、ボート屋の番人の姿が見えないので、ポリバケツと子女を抱えてそれに乗り、光と闇の水の中へと漕ぎ出した。


幻想の光の池を、みるみる浮島へと近づいていった。色とりどりの光が、オールの動きに応えて揺れているのがわかる。お経のコーラスが、耳鳴りのように正体不明の木霊になって、水面上の空間に充満している。



「おうい、大丈夫か」


漕ぎながら彼は声を上げる。そして遭難舟の方を見る。妖怪だ。


妖怪さん。やっぱりあなただったんですか。どうしてこんなところに。妙なところでお会いしますね。


妖怪は、女のシルエットを背後に控え、舟の上に立っている。手を振り疲れたのか、今はもうじっとしている。そして妖怪はこう言った。


「おまたせしましたね」


「え?」


「待たせたですね。いえ・・・・・お待たせしすぎたかもしれません」

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