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ポンド  作者: 新庄知慧
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76 君、何に目覚める?

また眠ってしまったのか、気絶したのか。ごうごう言う、地の底の唸りのような音に目を覚まされた。


もう夜になっている。彼は頭を動かしてあたりを見た。コンクリートの床の上に寝ている自分。


子女もちゃんと側にいて、巨大なポリバケツ、そしてあとは何にもない、がらんどうの大きな部屋。コンクリートづくりの、大きな部屋。


ここはどこだ。ごうごういう音は、大勢の人間の声の、合唱のように聞こえる。大きな部屋には窓がついていて、ぼんやりした光が射し込んでいる。


ここは…?立ち上がり、あたりを見廻す。コンクリートの廃屋。


直感した。


ここはあの池のほとりの病院の中ではないだろうか。歩いて窓の側へ行くと、果たしてその通り、池が見える。


ここはあの病院だ。その2階くらいだろうか。しかし、この病院は、こんな廃屋だったのか。


池は、しかし、あの池には違いなかったが、


水面に夥しい光が煌いていた。赤や黄色や青や、様々の色が光り輝いていて、綺麗だった。


そして、あの地の唸りみたいな合唱。それは、拡声器を通じて流される、大勢の人間の、お経の声だった。


お盆の祭り。


この池で催される、お盆のイベント。池に浮かび光り輝いている無数の灯籠たち。


僕はどうしてこんな病院の中にいるんだろう。どこをどうやって、ここに辿り着いたのか。彼は記憶を振り返った。


薄闇の中に、ぎらりと光が見えた。


近寄ってみると、床に光るものが落ちている。それは刃物、日本刀だった。あの若武者が使ったものだろうか。拾い上げて、まじまじとその刀を見た。


もう一度、窓辺へ行く。美しい、光り輝く池の眺め。お経の大合唱。


池の中ほどの浮島。


その近くを、一艘の小舟が漂っている。男と女の二人連れが乗っているように見える。


そして、その二人が手を振っている。僕が見えるのだろうか。


よくよく見ると、その手の振り方は、必死なものがあり、こちらの助けを求めているように見えた。小舟は次第次第に水の中へと沈んでいくように見えた。


「おーい、おーい、あんただ、あんただよ!」


と、彼に向かって、私たちを助けてくれるのは、あんただ。と言っているかのようだ。


何だろう。不思議に思ったが、何かの間違いだろうとしか思えない。


ともあれ、彼はポリバケツと子女と、そして日本刀を持って、その場から移動した。


病院の外へ出てみると、沢山の人々が歩いている。


病院の門を出て、池をとりまく小道にゆくと、たいへんな賑わいで、まるであの大きな川のほとりの繁華街と同じくらいに大勢の人々が歩いていた。ざわめき、足音、そしてお経。


人ごみをかき分けて、彼は歩いた。池のよく見える広場に出た。


するとあの小舟は、やっぱり見える。彼に向かって手を振っている。


ああ、どこかで出会ったような人。


あの妖怪に似ている。


女連れで舟に乗り、池の中ほどからこちらへ向かって手を振っている。やはり助けを求めているのか。


しかし、これだけ大勢の人が歩いているというのに、誰も気づかないのだろうか。

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