72 生きていさえすればいいのよ
「乞食になるんです、僕。どうやったら、乞食になれるか教えて」
「知らない」
「あなた、乞食じゃないんですか、いや、失礼」
「乞食じゃないよ。失礼ね」
と言って、また彼の横腹を蹴っ飛ばした。激痛が走る。痛い!彼はまたひっくりかえった。そして、レゲ男は立去った。
あおむけにひっくりかえったまま、彼は空を見上げた。また日は西に傾きかかっている。
ふと妖怪の言葉を思い出した。
「胡乱に立ち尽くしているのではないのだ。捜しているのだ」
捜さなくては。
暑い一日は一向に衰えた様子も見せずに、彼の全身を焼き焦がし続けている。3日というもの風呂にも入っておらず、無精髭が伸び、服は道端に倒れたり川に投げ込まれたりしたせいで、くたびれて汚れきっていた。
石をぶつけられたり、蹴られたりして体はがたがただ。その薄汚れた青年を、太陽は休み無く焼き焦がし続けている。しかし、捜さなくては。
こんな状態でも乞食への道を捜そうとしている自分に、彼は殊勝さを感じた。感じると同時に、激しい空腹感に襲われた。
心の空腹ではなく、文字どおり腹が減った。生命の要求は思想に勝る。めまいがする。ずっと物を食っていない。
彼は乞食への道と食い物を求めて、立ち上がり歩き始めた。しかし金はない。歩きながら、ポケットというポケット、旅行鞄の中に手を突っ込んだが金はない。
どうしよう。
しかし、これが乞食というものではないか。彼は、捜そう、と思い直して繁華街の方へと向かった。
黄昏どきが近づく街だったが、相変わらず暑く、スチームに満たされた密室の中を歩いているような気持ちになる。人ごみにまぎれて、よろけながら歩く。
裏路地へと入った。
小さな川に面した路地。居酒屋や料理店の建ち並ぶ裏手。彼はゴミ捨て場を発見した。
黒いポリビニールの袋や、金属製のごみ箱をあさった。
しかし、ゴミの量は少なく、しかも、お菓子の空箱だの、古雑誌だのばかりで、食える代物は何もない。
あきらめて彼はゴミ捨て場を離れて少し歩き、小川のほとりにあったベンチに腰掛けた。
近くに水飲み場がある。彼は水道の蛇口にしゃぶりついて、水を飲んだ。腹の中へ染みわたるように水が流れていった。
ベンチに横たわった。少しは空腹感が紛れた。
しかしまたすぐに腹が減る。彼は歩く。
大きな通りへ出て、その向こうの裏通りへと行ってゴミ捨て場を捜した。
料亭の塀のような黒い塀に囲まれた裏手に、大きなポリバケツが幾つか並んでいた。
それへ近寄りバケツのふたを開けた。




