68 ミスター乞食をさがして
乞食になるのだ!
しかし乞食とは何なのか。
分からないのであるが、彼は学生時代も終ろうとしていた頃、就職を控えて、自分の適した職業は何なのか真剣に考えたことがある。
そしてその結論は、乞食だった。だから乞食というものについて、何らかのイメージが彼なりにはあったのだ。
今、彼は失業者だ。職が無い者は、すでに乞食ということでよいのだろうか。違うか。
職に就くことができない、がんばってもだめな人であって、汚い恰好をして、道端にゴザなんか敷いて座り、茶碗を置いて、お恵みの銭が投げ込まれるのを待って土下座して頭を下げる。そういう人。
しかし、彼は本当の乞食というものを見たのか自信がない。
それらしい人は見たが。あの方たち、正規のお乞食だったのかしら・・・・?
彼はふと、あの妖怪のことを思い出した。河原乞食でもあると自称していた。本当かね?あの男のところへ行ってみようか。
彼は街を汗だくになりながら乞食に思いをはせながら歩いた。
乞食、乞食、わたしは乞食。
しかし暑い。
耐えられなくなって、冷房のきいたバスに乗った。乞食はこんなことしていいのだろうか。
あの、妖怪とともに佇んだ橋の近くの停留所に着いた。
今日も街には多くの人々が歩いていた。彼は妖怪の店、あのピンサロを捜して歩いた。
繁華街から一本通りをそれた裏通り。裏通りに面した風俗店の数々は、昼の光の中で白けた姿を晒していた。どの店も当然のことながら、まだシャッターをおろしている。
少々てこずったが、彼は妖怪の店を発見した。
真っ黒なシャッターが閉ざされていて、裏手へまわってみると、小さなドアがある。開けようとしたが、予想した通り鍵がかかっていた。
しかし、ここは本当に風俗営業をしているんだろうか。看板も表札も何もない。
前回案内されたときも、ただの空き家みたいにしか見えなかった。夜になると、途端に変身するのか。
ここに待っていれば、やがてあの妖怪がやってくるのだろう。
彼はその店の場所を確認できただけでも収穫と考えて、その場を去った。
河原のほとりで佇んだ。
もう午後4時。日は西に傾いて、狂った熱気の1日の、仕上げにかかろうとしているかのような酷い太陽。
その太陽の下を、奇怪な忍耐にとりつかれたかのように、人々が飽かず歩いている。
橋の方へ歩いていき、欄干に頬杖をついて、妖怪と眺めたようにして川を見た。河原へと降りる階段を下って、水のほとりへ行った。
川の流れに沿って、川辺の砂利の上を彼も流れるように歩いた。
乞食、乞食。
彼はぶつぶつ呟き、そうやって1時間も歩いただろうか。
暑さのせいで頭はとろけてしまい、身体は汗みずく。彼はその場に構わず座り込んだ。座ったまま、じいっとしていた。
彼はそこにそうして座ったまま、もう考えるのをやめた。彼は本格的にからっぽになってしまいたかった。自分を消したかった。




