67 死ぬにも値しないひと
「俺は変な手助けなんかいらない。死者ほど優しい人はいないなどというのは、単なる小賢しい屁理屈だ」
何を言っているのかわからない。どうせ気違いの言うことだ、頷いておいてやれ。
彼は、そうです、その通り、と言って彼に同意した。
「そうか、頷くか。では、死ね!」
彼の頭上でその日本刀が夏の光に激しく輝き、空気を切る音をさせながら彼の頭の上に振り下ろされてきた。もう駄目だ!
観念したが、斬り殺されなかった。
刀は彼の頭上すれすれのところで止まっていた。
「斬られた後で、二つ四つ八つと分裂・分身してゆくんだろう!もうその手にはのらんのだ」
彼はほとほと、またいやになった。そして怒鳴った。
「殺すなら殺してくれ!僕はさっきから、どうやって死のうか考えてたんだ。もう疲れた。殺してくれ!」
「何?」
男が、疑問の表情をした。
「妖怪が自殺を志してどうするのだ。洒落にもならん。お前らは、死んでも、また何か別のものに化けて、しぶとく生きていくんだろう」
「もういい。殺してくれ。そうだ、あんた、本当は丁度いいところへ来たんだ。もう死にたいんだ。
そうだ、僕は実は妖怪だ。子泣き爺いだ、油すましだ、一反もめんだ。だから早く殺さないと、またあんたのところへ出てくるぞ」
「…・」
男は刀を持ったまま、しばし沈黙した。そして言った。
「やめた」
「何?」
「おまえは死ぬにも値しない奴だ。貴様を斬るなどこの刀の名折れだ」
「……」
「おまえを死者になどできぬ。死者に値するのは、人間だけだ」
「……そうですか」
「妖怪を斬ることなど出来ないんだ。なぜなら、妖怪は死にも値しない連中だからだ」
「死にも値しない…」
彼は俯いた。命拾いしたんだろうか。私は、死に値しない、という理由で。
「それって、侮辱ですか?」
そう言って顔を上げると、そこにはもう日本刀男はいない。歩き去ったのか、煙のように消え去ったのか、定かでない。
すると彼の耳に、鳴咽と笑い声の入り交じった音が聞こえてきた。昨日の晩、暗闇の中で聞いたのとそっくりな声だった。
死ぬにも値しない。死のうとしても許されない。
そうか。また池に行ってみようか。
行止まりだ。また。
ちぇっ。
・・・・そうだ、いっそ乞食にでもなってみよう。
河原町のジュリーになってみよう!




